kekeo's ballbusting blog

KEKEO'S BALLBUSTING WORLD(http://kekeo1964.web.fc2.com/) の管理人の日記です。

 歴史とは、史実と伝説が混ざって出来上がるもの。
 伝説の混ざらない歴史など無味乾燥。
 詩情のない手紙、香りのない花、
 想像力に欠ける思索のように。
  (ローレンス・オリヴィエ監督・主演映画『リチャード三世』より)



子どもの頃から日本史が好きで、歴史小説や歴史を扱ったエッセイをよく読んできました。大河ドラマなど実在の人物が登場するドラマも大好きでした。
いわゆるBB小説を書く楽しみを見つけてから20年になります。このなかで、いわゆる歴史に題材をとった作品は、卑弥呼の時代から壬申の乱まで続く古代史四部作『日輪の王国』『女神の末裔』『影なる皇女』『茜色の歌姫』、鎌倉時代を舞台の『金蹴り超訳 傾城水滸伝』、江戸時代が舞台の『狼女街』、明治維新期が舞台の『開化玉潰し異聞』、戦前昭和期が舞台の『悪霊』、戦後日本が舞台の『睾丸を蹴られ続けた男』があります。

たとえば、『開化玉潰し異聞』は、勝海舟が晩年に語った、多くの男を色仕掛けでたらしこんでは睾丸を潰して殺した女のエピソードから思い付きましたし、『悪霊』は、農民たちの恨みをかって睾丸を潰されて死んだドストエフスキーの父親の実話が発想の源になっています。
ローレンス・オリヴィエが喝破したように、伝説や想像力(と書いてイマジネーションと訓む)のない歴史など、無味乾燥な記録の羅列に過ぎません。歴史(HISTORY)が、私たちが生きる上での糧となるには、伝説や想像力によって、物語り(STORY)に昇華しなければならない。

今回の『曠野に咲く花』の元ネタは、石光真清という日本陸軍少佐が遺した手記四部作です。石光真清は、明治元(1868)年熊本に生まれました。誕生の年が明治維新です。真清が八歳の時、武士の象徴である佩刀を禁じられたことに憤った熊本市族が武装蜂起する神風連事件が、十歳の時、西郷隆盛率いる私学校が反乱を起こした西南戦争が起こり、いずれも生々しい体験となりました。二十四歳の時ロシア皇大使ニコライ(のちのコライ二世)が来日し、大津で巡査に切りつけられ、ロシアが大軍を寄越してくるのではないかという風評で日本中がパニックに陥る、いわゆる大津事件が起こり、明治天皇は急遽ロシア皇太子を見舞うのですが、真清は近衛兵として天皇の護衛を勤めます。
二十七歳で日清戦争に従軍、三十三歳でシベリアに渡って情報収集に従事するさなか、義和団事件に巻き込まれ、三十七歳で日露戦争に従軍、五十歳を目前にしてロシア革命の勃発と同時に大陸に渡り、石光機関を設立して諜報活動を行うなど、まさに日本の近代史の大事件をじかに体験したわけです。

引退してからは、昭和二十年になくなるまで、自分の体験を綴った長大な手記を執筆し、その一部は、長男の石光真人によって編纂され、四部作の手記として世に出ました。私は大学生の頃、それを読みましたが、昨年、中公文庫から新たな編集で復刊されました。








この四部作のなかでも、特に印象的なのが第二部の「曠野の花」、義和団事件のさなか、満州で出会った馬賊の日本人妻・水野花との交流が中心に描かれています。幼いころ娼婦として売られて大陸に渡り、ロシア人や中国人、朝鮮人しか客に取らなかったほどの日本嫌いだった彼女は、やがて馬賊の棟梁と恋仲になり、ついに妻となって、自らも部下を率いて馬を駆けさせながら拳銃を撃ちまくるようになるのです。普段は、璦琿で宿屋の女主人に身をやつしており、石光真清は情報収集のさなか、その宿に泊まった事で彼女と懇意になるわけです。
やがて義和団事件が起こり、その余波でロシア軍は璦琿やブラゴベシチェンスクで中国人を虐殺する事件を起こします。水野花は、仲間の馬賊とともにロシア軍に抵抗しますが、夫をはじめ仲間はロシア軍に殺され、単身、哈爾浜に逃げ延びた時、偶然、石光と再会するのです。
その後、水野花は、哈爾浜で洗濯屋に身をやつした石光を陰ひなたに助け、石光の事を「心から相談もしたい、教えも乞いたいと考える(唯一人の)日本人」とまで言うようになります。やがて石光はロシア軍からスパイではないかと疑われはじめ、花とともにウラジオストックに脱出し、そこで別れました。花は、長らく離れていた郷里に帰り、その後の消息は描かれていません。
二人が、いわゆる男女の関係になったかどうかはわかりません。ただ、手記に描かれた水野花は、それまで娼婦として、女馬賊として自堕落な人生を送っていたけれど、石光のために献身的に働くことで人間として立ち直る事ができ、その事を深く感謝して、石光と別れた事になっています。
ちなみに、この手記は1998年にNHKでドラマ化され、仲村トオルが石光を、天海祐希が水野花をそれぞれ演じていますが、私は見ていません。

もうお分かりかと思いますが、『曠野に咲く花』は、この『曠野の花』に描かれた石光真清と水野花のエピソードをもとに創作したものです。
もともと、石光真清の手記四部作は、彼自身が書いた原稿そのものではなく、長男の石光真人が編集したものです。今回、中公文庫で復刊された新編では、国会図書館や熊本市に保存されている、石光真清自身が綴った原稿の一部が、手を入れない形で復刻され、附録として載せられていますが、それを読むと、真人は編集する際に文章を完全に書き改め、エピソードの時系列もかなり変えられていることがわかります。
何より印象的だったのは、石光自身が綴った原稿における水野花が果たした役割が、真人が編纂した手記における水野花よりも、ずっと大きかったと描かれていることです。石光真清は、日本陸軍の意を受けて満州やシベリアで情報収集にあたりますが、諜報員として専門の訓練を受けたわけではありません。満州まで渡ってみたものの、一体何をしてよいやらさっぱりわからない……という記述さえあるのです。
一方の水野花は、長年馬賊として危ない橋を渡ってきただけに、度胸もあるし、知恵も働く。石光が危機に陥る度に、水野花の機智で危うく切り抜ける……という場面は一度や二度ではなさそうです。ひょっとしたら、石光の情報活動も、水野花の助けがなければ大した成果を挙げてなかったのではないか、とさえ思えるほど、水野花に頼りっぱなしなのです。

こうして私の頭のなかで、男勝りの女馬賊・水野花のイメージが膨らんでいきました。息子の真人としては、娼婦上がりの女馬賊に助けられなければ何もできない父親のありさまをそのまま世に出すには忍びなく、なるべく父親がかっこよくなるよう、話を盛ったのではないかとさえ思われてきました。

こうして、私のなかで勝手に膨らんでいった水野花が、『曠野に咲く花』のヒロイン・水野ハナです。石光真清にあたる「私」は、実在の石光とは違って完全に受け身のキャラクターとなりました。逆に水野ハナは、描くにしたがってどんどんアグレッシブなヒロインに成長し、ついにロシア軍相手に一人で戦う戦士にまでなったのは、書き始めたころは想定外でした。

脇役のキャラは、ほとんどが私の創作です。小間使いのソヒョンは、『曠野の花』で一場面だけに出てくる水野花の経営する宿で働いていて、石光を璦琿市内見物に案内する子供(性別は不明)を膨らませたのですが、ここまで重要なキャラになるとは、書き始めたときは想像もしませんでした。書いているうちにどんどん好きになり、思い入れの強くなってくるキャラっているんですよね。今回、それが一番強かったのがソヒョンで、その名前は、KPOPの少女時代のメンバーからとっています。

三原ユキは、『曠野の花』では、お米という名前で登場する、水野花と同様、娼婦上がりの馬賊首領の日本人妻をモデルにしています。モテ男・橋口平助と、彼をめぐる女たちのエピソードは、石光真清の手記の三番目『望郷の歌』のKINDLE版に収録された、石光真清が執筆した唯一の長編小説『曹長の妻』にヒントを得ました(この小説は、逃げた恋人を追って満州に渡ったヒロインが、海賊の修業を受け、やがて事業に成長し、不実な恋人への復讐を遂げるというストーリーです)。義和団の女メンバー柳春燕は、今回の作品を書くために義和団について調べるうちに、女だけで構成された紅照灯の存在を知り、ストーリーに取り入れたものです。




なお、この作品には一人だけ、実在の人物がいます。釜山総領事の幣原喜重郎で、後に外務大臣として戦前日本の協調外交を支え、終戦後、総理大臣となります。軍備を放棄した憲法九条は、幣原首相の進言によって実現したとマッカーサーが回顧録に記している人物です。石光真清は手記で、釜山に赴いた折、総領事の幣原に会ったと記しており、そのエピソードをもとに膨らませました(これは石光の記憶違いらしく、幣原が釜山に赴いたのは、石光が大陸での諜報活動を終えて帰国した後です)。
実際の幣原が、若いころから軍備なき世界を夢想していたかどうかはわかりません。ただ、各国が軍備を放棄すれば世界平和が実現できるという運動は、第一次世界大戦が終わったころから始まっており、憲法九条には、それなりの歴史を持つ人類の夢が込められているという事実は、最後に記しておきたいと思います。







新作小説『浪女街』、全話掲載しました。

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このお話は、1928年に、のちに時代劇映画の巨匠になる、若干20歳の新鋭監督・マキノ正博(1908~93)が監督した『浪人街 美しき獲物たち』を元ネタにしています。極悪非道の旗本たちに誘拐された夜鷹を救うため、浪人たちが百人を相手に大立ち回りを演じるという物語は、当時大ヒットを記録しました。残念ながらフィルムは全編残っていませんが、幸い、クライマックスのチャンバラシーンは、かつて無声映画の弁士で、戦後散逸した映画フィルムの収集に全力を尽くした松田春翠さんによって発掘されました。私も若いころ、松田さんが主宰する無声映画上映会に見に行った事があります。



その後、1951年と57年にマキノ雅弘(正博から改名)によって、90年には黒木和雄監督によってリメイクされました。黒木和雄版では、原田芳雄、石橋蓮司、勝新太郎、田中邦衛らが浪人を演じました。






今回の『浪女街』は、夜鷹を救うため100人の旗本と戦うという設定と、登場人物の名前、そしてクライマックスの決め台詞以外のストーリーは、ほとんど私の創作です。

今回意識したのは、girl crush という言葉でした。韓国のkpopで使われていますが、女性を魅了するかっこいい女性くらいの意味で、その代表格とされるのが、Mamamooというグループです。第四話で描いた荒牧小夜たちが演じる芝居は、このグループの以下のМVを参考にしました。




現在の日本は、男女平等ランキングで114位と、先進国最低水準だそうで、それは、アベトモと言われる元TBS記者が女性をレイプし、逮捕状まで発行されながら、高官の鶴の一声で無罪放免になるという事件をみても、さもありなんと思われますが、この事件を勇気をもって告発した伊藤詩織さんは、告発に踏み切った理由の一つとして、一昨年ツイッター界を騒がせた「秋の金玉潰し祭り」に影響されたのだとネットで読みました。
もし、それが本当だとすると、ハリウッド発の「#MeeToo」が全世界の女性に勇気を与えたような力が、ballbusting にはあるかもしれない。そうだと嬉しいという気持ちをこめて、この小説を書きました。ご感想など、ぜひ掲示板にお寄せください。








というわけで、『悪霊』htmlバージョンを、すべて掲載しました。同時に、pdfバージョンの修正も終わりました!


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なんか、やっと終わったんだなって感じですかね。何はともあれ、七年がかりで、長い中断を挟みながら書き続けてきた物語ですから、感無量です。

最終回のタイトルを「ディア・シスターズ!」と、この回だけカタカナにしました。一応、第一回とこの回だけ使われる言葉「S」(戦前の女学生が、百合の関係をさした隠語)にひっかけていますけれど、改めて読んでみますと、自分はほんとうに姉妹(シスター)関係に憧れているんだなと感じました。
前回の記事でも書きましたが、私は女たちが力を合わせて巨大な力に立ち向かっていくお話が好きなんですね。特に韓国映画では、反発し合っていた同士が次第に絆を深めていく過程を、相手を名字で呼んでいたのが、いつの間にかオンニ(姉さん)と親しみをこめて呼ぶようになっていくのが、感動ポイントだったりします。

その意味で言うと、今回、ヒロインたちをうまく、いくつかの疑似姉妹関係的グループにわけて着地させたな、と思いました。朝鮮半島の戦地でこれからも暴れまくるだろう伊集院満枝と李麗姫・韓愛子の三姉妹。弘前で赤十字が設けた避難民地区を守ろうとする安西小百合と磯田悦子の姉妹。彼女らをサポートして戦うことを決意した飯島喜代美と猪俣佐和子の姉妹。奈良では、これから母親的存在の西川八重子宮司の下で、佳代と金沢文子がいっぷうかわった姉妹関係を作っていくでしょう。途中で亡くなった海老沼千恵子も猪俣佐和子の妹分として幸せだったろうし、あえてその後の運命を曖昧にした外山澄江も、最後の最後に、安西小百合に対して姉貴分として振る舞いました。いちばん悲劇的な最期を迎えた篠原ヨシは、どちらかというと伊集院満枝の疑似母親になるのでしょうか。

要するに、私の中にある百合成分をある程度満足させることができた一作でした。次回作は、男女の関係性をテーマに置こうかな。過去作でいうと、「女の一生」とか「私の国会議員」とか「私の名前はエイミー・キム」みたいな。私はSMの趣味がないので、金蹴りをテーマにしてしまうと、どうしても女同士が絆を結んで男を拒絶するというお話が多くなるのですが、いいアイデアが浮かべば、書き出そうと思っています。





 

『悪霊』htmlバージョンを第十一部まで掲載しました。残るはエピローグのみだ、がんばろー!

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思い出すと、第十部までは
足かけ7年にわたって書き続け、途中中断したり、なかなか次の展開が湧いてこなかったりと、苦労したものですが、第十一部にさしかかったとたん、何か取り憑かれたようにノリにノって、すさまじいスピードで書きはじめ、十数日で一気に第十一部とエピローグを書き上げてしまいました。なんてのかな、次々とアイデアが湧いてきて、それを実際に文章にするのに精一杯という感じでした。ゾーンに入ったって奴でしょうか。
それだけに、いま読み返してみると、結構アラが目立ちます。そこらへんがアマチュアですね。プロだったら、ゾーンに入って、すさまじい勢いで書きつつも、アラは見せないはずです。赤面しつつ修正をほどこし、pdfバージョンのほうにも反映させています。

特に、外山澄江を意外な形で復活させ、安西小百合と絡ませたあたりから、ほんと、書きながらやばかったです。私は、女性が力を合わせて何かに立ち向かっていく物語が大好きで、たとえば、先日見た韓国映画の『明日へ』なんか、もうぼろぼろ泣いちゃったくらいです。突然解雇されたスーパーの女性従業員(非正規)が、理不尽な会社に立ち向かっていくお話です。



もう一つ、韓国映画でいえば、『ハナ 奇跡の46日間』という映画もあります。韓国と北朝鮮の卓球選手が、統一コリアチームを結成し、最初はいがみあうのだけれど、やがて分かり合い、卓球王国・中国に立ち向かっていくというお話でした。




たぶん私は、どこかで女性にアイデンティティを置いているのでしょうね。『悪霊』の伊集院満枝の台詞に「えらそうな男を見ると去勢したくなるの」というのがありますが、私自身、同じ男性でも、そうですもん。昔から、弱いくせに、偉そうな男が許せず、負けるとわかっていても立ち向かっていったもんです(たいていは負けますがw)
だから、物理的な力では弱いはずの女性が、股間攻撃一発で、強いはずの偉そうな男を沈めていく光景に、限りなく興奮するのかもしれません。

第十一部では、猪俣佐和子、飯島喜代美、安西小百合、外山澄江という四人が意外な形で出逢う形で終わりました。彼女たちは、最初は呉越同舟だったけれど、エピローグにおいて様々な経験をするうちに、理解し合い、一つの目的に向かって団結していきます。そういう形で物語を終わらせることを、第十一部の途中で思いついた時、たぶんゾーンに入ったのだと思います。

なんか、このお話を書いたことで、自分のballbustingフェチの正体をつかめたような気がします。
 

『悪霊』htmlバージョンを第九部まで掲載しました。

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このあたりで描いた「党(ぶっちゃけ戦前の日本共産党)」が壊滅し、かわって国家主義団体のテロリズムが台頭してくるシークエンスは結構苦労した記憶があります。

何より、李麗姫を宮中に入り込ませる手段として「神代文字」を登場させたのが、ちょっとまずかったです。

私は社会人駆け出しの頃、雑誌でユダヤ陰謀論とか、古史古伝といった、いわゆるトンデモ分野の編集に携わった経験があります。世界を動かしているのはユダヤだとか、日本書紀や古事記に描かれていない、抹殺された真実の日本古代史があるんだとか(今の「江戸しぐさ」みたいなもんです)、そんな与太記事を作らされたんですね。その経験から、そういう妄説を広めている書き手というのは、詐欺師同然の輩か、そんな詐欺師に感化された単純馬鹿かどっちかだと身にしみて知っています。

そういうトンデモ歴史の発祥は実は結構古く、戦前に遡ります。酒井勝軍という真面目なキリスト者だった人が、日本にはピラミッドがある! と言い出して各地を調査して回ったりしたんですが、そういう人に、当時の上流階級や高級軍人が資金援助するという事実があったんですね。中小企業の社長さんだとか、小金持ちが歴史に目覚めて卑弥呼のお墓を探し回ったり、政治に目覚めて極右にお金を出したりすることは、戦後日本でもまま見られる現象です。

んで、伊集院満枝が、宮中に李麗姫らを送り込む手段として、奈良の山奥にある怪しげな文書を安藤助教授に調査させるという展開を考えたんですが、何せ、戦前のユダヤ陰謀論だとか古史古伝は、怪しげで面白い話が多すぎます。それらをネタにして、奈良に赴いた安藤が、ピラミッド探索と称して鉢合わせしたおかしな学者と大げんかをはじめたり、水平社運動に李麗姫たちが絡んだり、そこに金沢文子がやってきたりと、奈良県を舞台にした場面をいろいろ書いたりしたんですが、話が明後日の方角にどんどん発展して収拾がつきそうになくなり、結局、それらの場面は大幅にカットしました。エピローグに登場する女性宮司さんも、実はもっと早い段階から登場させる予定だったんですが、書き終えてみれば、そっち方面に話をふくらませなくてよかったと思います。

というわけで、来週中には、htmlバージョンはすべて掲載できると思います。

『悪霊』第六部htmlバージョンを掲載しました。

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今回は、金沢文子と海老沼千恵子という、新しい女性キャラ二人が登場した回ですね。

金沢文子については、以前の記事にも書きましたように、金子文子という実在の女性をふまえています。モデルにしたというほどではありませんが、親から虐待され、小学校もろくに出ていないのに聡明で、性的にも早熟、つきあった多くの男性のうち半分くらいが朝鮮人だったという設定や、その外貌を借りました。

ただ、いま読み返してみますと、この回に関しては、文子のキャラ設定が微妙に混乱しているのに気づきました。

特に第七部で伊集院満枝と出会って以降の文子は、快楽を求めて男を無差別に去勢する伊集院満枝と対照させる意味もあって、身を守るためだったり、お金を稼ぐために男の股間を蹴り上げはしても、去勢はしないというキャラ設定にしました。しかし、今回読み返してみて、第六回に出てきた文子は、男の睾丸を平気で蹴り潰すようなキャラだということに気づいたのです。

これは理由がありまして、この第六部で文子を登場させたあたりで、一時執筆を中断していたんですね。仕事が忙しくなった事などいろいろ理由はありますが、結局、再開するまでに数年がたってしまいました。その後、執筆を再開した時に、文子に「かわいそうな男を見ると寝てあげたくなる」キャラ設定を加え、そうなると、男を去勢するのは似つかわしくないということで、最後までさせませんでした。
というわけで、今回も文子のキャラを一貫させるために、結構手直しをしました(手直しは、pdfバージョンにも反映させています)。

もう一つ、今回修正したのは、大橋多喜蔵というキャラが佳代を虐待していることに気づいた猪俣佐和子が、彼の睾丸を掴んで脅す場面です。睾丸に軽く指を食い込ませるだけだったんですが、それだけじゃ物足りなくなったんですね。いや、
この大橋というキャラ、読めば読むほど、ひどい男です。働きもしないで大言壮語し、お金がなくなったら平気で女を水商売に売り飛ばす。こんな唾棄すべき男を、軽く睾丸を掴まれただけでよいのか、という気になったんですね。

これには理由がありまして、というのは執筆当時の構想では、大橋多喜蔵は特高警察に捕まり、拷問されて死ぬという設定だったんですね(もちろん、かの有名な作家を下敷きにしています)。実際、モデルになった作家は拷問の際、睾丸を蹴り上げられた痕跡が残っていたという証言がある。伊集院満枝か李麗姫あたりを特高警察に潜入させ、大橋の睾丸を蹴り潰すという筋書きでもよいかなと思っていたので、佐和子には、睾丸を掴ませるだけにしていたんですが、その後の展開上、大橋のことはどうでもよくなり(笑)、そのままフェイドアウトしてしまったんですね。

いとしい佳代を犯し、暴行したような男を、あの程度で放免してよいのかと、今回読み返して義憤を覚えたので、猪俣佐和子に睾丸を蹴り上げさせ、血尿が止まらなくない状態で寝込むという罰を与えることにしました。同じ党員を蹴り潰させるのはまずいということで、潰させはしませんでしたが、多分、不能にはなったと思います。

そういえば、第六部を書いていた時点では、三沢というキャラがどうなるかは想定していませんでした。彼のモデルとなった男は、その後、満枝や佐和子の故郷である北海道に身を隠していたらしいので、そこで彼女らに去勢させようかどうか決めていなかったんですが、結局、ああいう顛末になりました。

というわけで、第七部以降も、こうした修正がありそうです。

というわけで、『悪霊』第五部、htmlバージョンを掲載しました。

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江戸川という探偵小説家やら、「清朝の王女」やら、坊主頭の田中少佐やら、第四部の石原中佐に引き続き、実在の人物をモデルにしたキャラクターがにぎやかに登場し始めました。実在の人物を架空のキャラに絡ませるのは、山田風太郎なんかがよく使っていた手法です。

で、この頃、私がぼんやりと小説の行く末として思い描いていたのは、伊集院満枝が北海道の広大な私有地に、女尊男卑の王国を築き、それが崩壊していくという顛末でした。白状すると、この物語のモチーフの一つである「大菩薩峠」に登場する大金持ちの娘・お銀さまという魅力的な女性キャラが、伊吹山中に「絶対平等」のユートピアを建設するものの、やがて内部で生じた矛盾によって崩壊していくストーリーをなぞろうとしただけなんですけどね(パクリともいふw)。
だから、満州国を建国する石原中佐や、『パノラマ島奇譚』という大傑作をものする探偵作家を登場させて、後の伏線にしようとしたのですが、いやはや、もののみごとに、そうはなりませんでしたw
(ちなみに、『パノラマ島奇譚』は、むかしテレビ朝日で大人気だった、天知茂演じる明智小五郎シリーズの『天国と地獄の美女』という大傑作として映像化されています)




その一方で、このあと、わりと地味な存在ながら、安西小百合の同伴者としていつづけた悦子が、最終回で重要な役目を果たしたのは、これまた構想外でしたけど、当初思い描いていた「女尊男卑の王国」なんて、21世紀に『家畜人ヤプー』じゃあるまいし的な発想にならなくて、よかったと思います。
 

というわけで、『悪霊』第四部のhtmlバージョンを掲載しました。

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この第四部で、抗日女パルチザン・李麗姫(イ・ヨヒ)が初登場。pdf版では原則「李麗姫」と表記し、イ・ヨヒとルビを振っていました。html版では、基本的にイ・ヨヒと表記し、必要に応じて(李麗姫)と添えるようにします。

このお話を書き始めた頃は、『冬ソナ』で韓流ブームが爆発してから数年後でした。韓流ファンの間では、韓国人スターの名前を「ペ・ヨンジュン」とか「チャン・ドンゴン」とか、カタカナ表記が普及しはじめていましたが、韓流ブームに乗り遅れていた私は、どこか韓国人の名前をカタカナで書き表すことに抵抗があったんですね。

ぼくが子供の頃は、韓国人の名前がニュースで出る時は「金大中(きん・だいちゅう)」「全斗煥(ぜん・とかん)」と表記は漢字、日本的発音でアナウンサーが読み上げていましたから。それが何時、韓国人名は「金大中(キム・デジュン)」と韓国風発音でやるようになったのかはよく覚えていませんが、中国人の名前はいまだに「毛沢東(もうたくとう)」なのにな、と違和感を覚えたものです。今でも中国人名はシー・チピンではなく「習近平(しゅうきんぺい)」なんですけどね。

一方で韓国人の名前ですが、今や韓国大統領の名前を「パク・クネ」とカタカナ表記で記憶している人のほうが大多数じゃないでしょうか。ぼくが子供の頃だったら絶対に「朴槿恵(ぼく・きんけい)」と読まれていたはずです。
というわけで、『悪霊』html版では、朝鮮人の名前は基本的にカタカナ表記にしようと思います。

第四部ではもう一人、悦子という、これまた思い入れの深い少女が登場します。ぼくは小学生スポーツチームの運営に携わっていまして、そのなかに、悦子そっくりな女の子がいたんですね。
家庭環境はしっかりしてましたし、家出をしたわけじゃないけれど、おとなに対しては反抗的で生意気態度をとりながら、小さい子の面倒をよく見る素敵な子でした。

彼女をモデルとした女の子を登場させたいなと思って登場させたら、家出はするわ、都会で不良にだまされひどい目にあうわ、当初予定したのと違う方向に転がっていきました。ちょうど満州事変の時でしたから、妄想からひとつの国家を作り上げるというモチーフで『パノラマ島奇談』江戸川乱歩を登場させることを思いつき、どのヒロインと組ませようかなと思った時、『芋虫』という乱歩の代表作は増田喬と安西小百合の夫婦と重ねられるなとなって、小百合を上京させる名目として、悦子がああいうひどい目にあう設定にしなきゃならなくなったんです。

十二歳の女の子を、あんなひどい目にあわせた以上、これは最後まで面倒を見て、幸せにしてあげなきゃと思い続けていましたが、幸い、エピローグで立派に成長した悦子を描くことができて、ほんとうによかったです。
 

そういえば、自分はいつ頃から「金蹴り」に興奮するようになったのかと思い返してみる事があります。

「小学生の頃女子に電気按摩されて目覚めた」という幸せな体験を持ってらっしゃる人もいるみたいですが、私にはそんな事はありませんでした。

たぶん、マンガとかテレビドラマ、映画なんかから影響されたんだと思います。

おそらくいちばん古い記憶は、NHKの時代劇でした。番組の題名やシチュエーションはまったく記憶にないのですが、町娘が、男の金玉を握りしめ、ひねりあげて倒す場面があって、本当にその場面だけ覚えていたんです。

マンガだと、父親の部屋に「プレイボーイ」誌が置いてあって、連載中の「俺の空」(本宮ひろ志先生作)に、美女がナンパしてきたグラサン髭男の股間を蹴り上げるシーンを強烈に覚えています。
あと、やっぱりその頃、少年マンガ雑誌で、ひ弱な主人公の学校に、強気な女の子が転校してきて、主人公をいじめる連中を全員金蹴りでやっつける場面が記憶に残っていますが、残念ながらタイトルは忘れちゃいました。

映画だと「007」ですね。ぼくが小学生の頃、なぜか知りませんが、やたら007シリーズをテレビ放映していたんですね。ジェームズ・ボンドが、敏腕と言われている割りには何もしないくせに、やたら女に持ててやりまくっている姿が、性に目覚め始めた小学生にはまぶしかったです。

ところが、『ダイヤモンドは永遠に』では、ジェームズ・ボンドが女から金蹴りされる場面があって、びっくりしました。ボンドは、何もしなくても、女が勝手に惚れて発情してセックスさせてくれる存在だと思っていただけに、以外でしたねえ。



『黄金銃を持つ男』で、ボンドを追ってきた大勢の敵を、二人の女学生が蹴散らし、とどめに金蹴りというのも、よかったです。

 


ちなみにぼくには、睾丸を蹴られたい願望はあまりありません。格闘SMで昔蹴ってもらったことがありますが、それほど興奮しなかった。見る立場としても、いわゆるSM的な、男性がまったく抵抗せず蹴られている風景は、それほど興奮しません。SMというのは、女性がM男性に奉仕する/あるいはS女性とM男性が対等に愉しむ行為です。

自分としては、やはり女性が、男性に罰を与える、復讐する、危機を回避する、なんでもいいんですが、金蹴りで男を「倒す」シーンが見たいんですね。
ひとつには、子供の頃の自分はあまり強くなかったので、喧嘩しても負ける事が多かったんです。物理的に弱いとされている女性が強い男を金蹴りで倒す場面に、蹴っている女性のほうにアイデンティファイしていたのかもしれません。

むかつく奴を、やっつけてやりたい願望ってあるけれど、実際にそれを行為にしちゃ、まずいじゃないですか。だからこそ妄想のなかで、自分が女性になりかわり、自分が嫌いなタイプの男たちが、女性に股間を蹴られて悶絶するという、最大の屈辱を味わわせたいのかもしれません。






 

『悪霊』第三部htmlバージョンを掲載しました。


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今回も修正点がありました。第二部で「週に五日」は女工以外にカフェの女給として働いていると言っていた喜代美が、第三部では、「週に半ばくらいは女給をしていた」という設定になっていました。こういう細かい設定って見落としがちで、私はふだん、そういう矛盾をチェックする仕事をしているものですが、自分で書くとなるとほんと、話が違ってきます。前にも書きましたが、html版をつくることで、そうした矛盾を消していければと思っています。

ちなみに、第三部の最後に流れてくるデモ隊の労働歌の動画がありますので、貼っておきます。




ちなみにこの労働歌、替え歌がありまして、なぜか『歩兵の本領』という軍歌になっています。




また、『悪霊』の後半に出てくる青年将校や右翼団体の国家改造運動(いわゆる昭和維新)のテーマソングともいうべき『昭和維新の歌』も、『起て万国の労働者』を短調に変えたような歌なんですね。




『悪霊』でも書きましたが、戦前の国家改造運動ってどこか社会主義運動と共通する部分があると思います。どちらも特権階級を滅ぼして格差是正を目指していましたから。それともうひとつ、「天皇制」をなくそうという考えは、どちらにもありませんでした。戦前の社会主義運動は、天皇制打倒を口にするまでには至ってなかったんですね。私自身は天皇制擁護だということはすでに述べましたが、一方で、天皇制をどうするかまで踏み込まなかった戦前の共産党や、重臣を多数殺害しておきながら、あとは天皇陛下が認めてくれるはずだと甘えていたとしか思えない2・26事件の青年将校たちに煮え切らないものを感じていたのも事実。だから私が代わって、『悪霊』というフィクションのなかでやらかして差し上げたわけです。







 

ちょっと旧聞ですが、ライムスター宇多丸さんがMCをつとめるTBSラジオの番組『ウィークエンド・シャッフル』で、二度にわたって「蹴られたい女特集」が組まれました。宇多丸さんと、ゲストの春日太一さん(日本映画研究家)、コンバットレック(映像コレクター)さんが、読者の投稿を交えつつ、「この女性(有名人)に、こんなふうに蹴られたい」と語り合う素敵な企画で、第二回では、グラビアアイドルの篠崎愛さんが登場し、上記三人の男性のおしりを蹴るという素晴らしい締めくくりを実演してらっしゃいました。


↓第一回

↓第二回


篠崎愛さんは、ご存じの方も多いでしょうけれど、イベントなどではくじ引きであたったファンのおしりを蹴る事をやってらしたそうですし、「たいむすりっぷメガネ」という映画に主演した時には、モブシーンで誤ってエキストラ(篠崎さんのファンクラブ会員が演じていたとか)の股間を蹴り上げてしまった事もあるんだそうです(と聞いて思わず「たいむすりっぷメガネ」買っちゃいましたけど、そんなシーンはありません。たぶん編集でカットされたんでしょう。馬鹿か→監督)。

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私も篠崎愛さんは大好きでして、たとえば『悪霊』に登場する飯島喜代美というキャラは、篠崎さんを思いめぐらしながら書いたものです。大柄な癒し系で、庶民的な顔立ちだけど実は聡明、そして根はエスキャラと、まさに喜代美そのもの(一蹴りで睾丸二つ破裂させられそうな女性芸能人って彼女しかいないでしょ)! もし『悪霊が』映像化(絶対にない!w)されたら是非、篠崎さんに演じてほしいと念じています。

話を戻しまして、『ウィークエンド・シャッフル』の「蹴られたい女」特集なんですが、残念な事に、「股間を蹴られたい」という話はまったく出ませんでした。真木よう子さんとか、金蹴りが似合いそうなキャラは大勢出てくるのに、誰も金蹴りさせません。聴取者の投稿には絶対あったと思いますが、採用されなかったんでしょう。

ただ、二回目の放送の後、春日さんのツイッターを読んでいましたら、こんなことおっしゃってたんですね。んで、篠崎さんに蹴られた後、春日さん、「革命が起こった」って言ってらっしゃるんですよ。

ニコ生をご覧になると分かると思いますが、本番中しばらく椅子に座れなかったのはそのためでして・・・ RT : 破壊王・篠崎愛の重爆キックが春日太一さんの尻の間を抜けて蟻の戸渡から陰嚢にかけて蹴りあげてるように見えたんだけど、春日さんの金玉は無事だったのかな


まさに私が以前の記事に書いたように、金蹴りとは革命なんですよね! わかってはるなー、この人と感嘆いたした次第です(あるいは春日さん、村上春樹の『1Q84』読んでらしたのかな・・・)。

表題のとおり、『悪霊』(htmlバージョン)第二部を掲載しました。

http://kekeo1964.web.fc2.com/akuryohtmversion.htm

掲載してみて気づいたのですが、これでガラケーでも読めるようになったんですね。今後、他の作品のhtmlバージョン化も見当してみます。

それにしても、読み返してみても、細かな誤字脱字や、設定の矛盾なんかも見つかったりして赤面したりしますが、これはまあ、プロの出版社が出した本でもままあることでしてね。出版社では必ず出版した本を保管し、修正すべき箇所が見つかると赤字を入れて付箋をたてておくのですが、正直、読者の方が想像するであろう以上に、初版本は誤植や誤字脱字が多いものなんです。プロの担当編集者がいて、さらにプロの校正者がついて、二重三重にチェックしている商業出版でさえそうなんだから、一人でちまちまやってるこのhpの作品にミスがあっても仕方ないかなとは思いますけど、それでもやっぱり、なるべく完全な形にして発表したいという気持ちはあります。その意味でも今後、html化は進めていこうと思っています。 

それにしても、第二部から第三部(いま、html化に向けて再チェック中)にかけての猪俣佐和子の初々しさは、作者である自分からみても、ほんとうに可愛いです。 この小説のヒロインは伊集院満枝ですが、初々しい主人公が成長していくという意味で、作品を引っ張っているのは、佐和子なんだと改めて確認しました。佐和子と喜代美のコンビでスピンオフとか出来ないかな……と考えたりしています。
 

大学生の時、山手線沿線にある、二階建ての自宅を改造し、一階に大家さん一家が住み、二階に二部屋間借りに出している下宿に住んでいた事があります。その下宿の大家さんが、結構きれいな未亡人でした(ただし、中学生の子供の母親)。

http://kekeo1964.web.fc2.com/miboujingeshuku.pdf


昔、日活ロマンポルノに『未亡人下宿』というシリーズがありまして、今でもばんばん作られているみたいですが、ぼくが子供の頃は、↓のようなポスターがそこいらじゅうに張ってあって、妄想をかきたてられたものです。実は一作も見たことはありませんが、どうせ下宿の大家さんが性欲をもてあました色っぽい未亡人で、下宿人とHしまくるお話なんだと想像しています。

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結局のところ、ぼく自身は下宿の未亡人大家さんとは、何もないままだったんですが、というか、僕の部屋の隣に住んでいたアラサー男と付き合っていたようなんですが、そのアラサー男を、金蹴り好きのレズ仲間にすればいいんじゃないかと思いついて書いた作品です。


そういうわけで、『悪霊』のhtmlバージョン連載開始しました。

http://kekeo1964.web.fc2.com/akuryohtmversion.htm 

持っているホームページビルダーが古いバージョンなので、かっこわるいデザインですが、読むぶんには差し支えないでしょう。ルビが振れないので、pdfファイルバージョンでルビを振った箇所は、基本的にひらがなや読みやすい漢字に変えました。どうしても使いたい場合は( )に入れています。


なお、ツイッターも始めました。こちらでもいろいろ告知していくことになると思います。相互フォローよろしくお願いします!

https://twitter.com/KekeoBB







もう16年前に書いたものですが、今でも愛着のある作品です。
『玉姫殿』という当時の名物BBサイトに寄稿したのですが、初めて書いた長編小説で、しかも時代物。
結構古い資料を読んで勉強しながら書いたという意味では、後の古代史モノとか『悪霊』の原点にもなった作品です。

http://kekeo1964.web.fc2.com/kaika1.pdf 
http://kekeo1964.web.fc2.com/kaika2.pdf
http://kekeo1964.web.fc2.com/kaika3.pdf
http://kekeo1964.web.fc2.com/kaika4.pdf 


発想の元になったのは、エピグラムでも示しているように、勝海舟の『氷川清話』にも出てくる、色仕掛けで男を誘っておいて、睾丸をひねり潰して殺して金品を奪っていた女のエピソードと、石川淳の『白頭吟』に出てくる「きんたまお藤」という女盗賊、この二人をヒロインとして、当時(歴史雑誌の編集をしていました)、仕事で調べていた明治初期の廃藩置県を背景において書き上げました。

その頃、携わっていた歴史雑誌は、もうとっくに廃刊になっちゃいましたが、なにせお金のない貧乏な雑誌でした。有名人の名前を目次に出したくても書いてくれないから、口述筆記という手段を取りました。1時間くらいいただいて喋ってもらい、それを文章に作り直すわけです。安い原稿料でも書いていただける筆者の原稿は、やはり安い原稿料でも書いていただけるだけあって、レベルが低く、結局、自分たちで書き直さなければならなかった。書き直すにしても、いわゆる「てにをは」を整えるレベルでは足りず、一次資料まで遡って確認する必要があったわけです。国会図書館のようなライブラリーに出かけていって、原稿と、原稿の元となった資料を読み比べて、修正するんです。

そうした作業のなかで、出会った一枚の写真が↓でした。


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明治維新から程ない明治4年、明治政府は5人の少女たちをアメリカに留学させます。近代国家を歩み始めた日本は、岩倉具視、木戸孝允、大久保利通、伊藤博文という新政府の大立者を代表として、当時のエリートたちをよりすぐって欧米見学の大使節団を結成し、足かけ3年にわたって欧米を視察させます。帝国主義の時代の生き残りをかけた必死の戦略だったのですが、その使節団のなかに、12歳の大山捨松を長として、最年少は7歳だった津田梅子(津田塾大学創始者)ら5人の少女たちが混じっていました。

近代国家にふさわしい女性を育成するため派遣した彼女たちは、みな、明治維新で敗者となった旧幕府方の子女でした。それだけ、女性の海外留学は、未知の、危険なミッションだったのですね。

↑の写真は、不安を抱えてアメリカにわたった彼女たちが、現地の写真館で撮影した一枚です。中央は最年長の大山捨松。会津藩士の娘です。最年長といいながら、まだ十代半ばだった彼女は、最年少で不安な面持ちの津田梅子を抱きしめ、安堵させるように肩を抱いている。日本の将来を担わされた「敗北者出身」の少女たちの、凛とした姿を伝える写真は、社会人としての第一歩を踏み出したばかりの私にとって、励まされる一枚でした。

男の睾丸を潰すことで金品を得ていた女たちが、この少女たちを守る役目を担うという締めくくりに、どうしてもしたかったんですね。

 

また、『悪霊』を最初から読み直しています。

以前、pdfファイルだと読みにくいので、htmlで掲載してくれないかという要望がありました。確かに今や、スマホの時代なので、htmlにしたほうが読みやすいかもな、という気はします。

ただ、問題がありまして、それは「ルビ」です。私は一太郎ユーザーで、まず一太郎で書き上げてからpdfファイルに変換して掲載しているのですが、htmlだと、ルビがつけられないんですね。その場合はたとえば「俯(うつむ)いた」と( )に入れる作業が必要だったりします。

ただまあ、異なるネット環境にある方にも読んでいただくために、そういう作業も始めなきゃなと思って、まずは『悪霊』から着手しようかと考えました。いちばんめんどくさそうなのをやっつけてしまえば、他の作品にも楽な気持ちで取りかかれるかなと思ったのですが、いやー、読み返してみると、結構誤字脱字や舌足らずな表現が目について、直したくなっちゃいました。

あと、困った事に、書き始めた頃は、のちのちの重要な伏線になるだろうと書いた設定が、実際書き終えてみると全然回収してなかった事に気づいたりするんですよね。

たとえば、ヒロインの伊集院満枝の母親。精神を病み、広大なお屋敷の片隅に押し込められている満枝の母親は、後に重要なファクターになるはずだったんですが……第一部以後、まったく登場してません!w

まあ、そんなこんな、いろいろなアラばっかり見つかるんですが、できの悪い子ほど可愛いものですからね。最後までもう一回読み通して、瑕疵をなるべく修正する作業を続けていこうと思っています。



 

  「あれは、じきに世界が終わるんじゃないかというような痛みだ。ほかにうまくたとえようがない。ただの痛みとは違う」、ある男は青豆に説明を求められたとき、熟考したあとでそう言った。
青豆はその類比についてひとしきり考えを巡らせた。世界の終わり?
 「じゃあ逆の言い方をすれば、じきに世界が終わるというのは、睾丸を思い切り蹴られたときのようなものなのかしら」と青豆は尋ねた。
 「世界の終わりを体験したことはまだないから、正確なことは言えないけど、あるいはそうかもしれない」と相手の男は言って、漠然とした目つきで宙を睨んだ。「そこにはただ深い無力感しかないんだ。暗くて切なくて、救いがない」

以上は、村上春樹さんの小説『1Q84』の一節です。ヒロインの「青豆」は、元大学ソフトボール部の中心選手で、卒業後は護身術教室を立ち上げ、女性たちに「金蹴り」 を教えているという設定。彼女は、なぜ女たちに金蹴りを教えるのかと問われ、こう答えます。

 「睾丸を蹴ることなく、女性が男たちの攻撃から身を護ることは、現実的に不可能です」「たいてい男の方が身体も大きいし、力が強いんです。素早い睾丸攻撃が女性にとっての唯一の勝機です。毛沢東も言っています。相手の弱点を探し出し、機先を制してそこを集中撃破する。それしかゲリラが正規軍に勝つチャンスはありません」

実を言いますと、私は不勉強なもんで、村上春樹さんの小説など読んだことなく、この一節も、偶然ネットで検索していて見つけただけなんですが、「金蹴り」と毛沢東の関係性なんて、『悪霊』と同じじゃんか。まさかノーベル文学賞候補として取り沙汰される大作家と自分が同じ発想で小説書いてたなんて! と興奮しちゃいましたw

確かに、「金蹴り」は、世界の常識を逆転させる・・・・「世界を終わらせる」・・・・要素があるんですよね。「世界」というのは、つまんない常識でできていて、その常識が逆転した瞬間、「暗くて切ない」無力感に支配される。

今の日本が、「アジアナンバーワンなんだ俺たちは」という、実は一時の奢りでしかない幻想を「常識」と思いこみ、中国や韓国の台頭を前に、その幻想を打ち砕かれ、深い無力感に包まれている(ヘイトスピーチに代表される排外主義は、その裏返しでしかない)。

私が『悪霊』で描いた1930年代の日本は、まさにそんな時代だったんです。日露戦争でロシアに勝ち、第一次世界大戦後に国際連盟で常任理事国になり、「一等国」の仲間入りしたという喜びもつかの間、長引く不況や、戦争で勝ち取った地域の権益が地元住民の反乱で脅かされる。そんな不安のなか、「国家改造」という夢に取り憑かれ、テロリズムが横行したのが1930年代。

ただ日本には、「相手の弱点を探し出し、機先を制してそこを集中撃破する」毛沢東のような戦略家は確かにいませんでした。2・26事件だって、せいぜい相手(日本政府)のみぞおちを殴った程度でしかなく、決定的な急所を破壊する事はやっていないわけです。

「そこにはただ深い無力感しかないんだ。暗くて切なくて、救いがない」

今でも世界中で生まれている、性被害にあった女性たちが抱くであろう思い。それと同じ思いを、支配者(現時点では、多くは男性)に味わわせる行為の一つが「金蹴り」なのかもしれません。

物理的にかよわい女性が、「深い無力感」から逃れる数少ない手段である「金蹴り」が、ついに一つの世界を滅ぼした。その物語を描いたのが『悪霊』です。破壊され、無秩序になった「世界」が、どれだけ無惨な荒廃に陥ろうとも、そこで芽生えた「希望」が、新しい何かを生み出すかも知れない。

「壊し尽くした世界」を壊れたまま放置しない、そのために頑張っている人たちは世界中にいます。荒廃した地域で苦しむ人々のためにたたかう大勢の人々。

自分で書いていて、いま気づいたのですが、安西小百合や金沢文子は、そんな人々の象徴なんですね。

『悪霊』は、希望の物語なんですよ。






 

『悪霊』が完結してからはや半月、完全に脱力しています。早く次回作の構想を練らなきゃなあと思いながら、7年かけて書き上げた物語に出てきたいとしいヒロインたちの事が忘れられません。ほんと、まずい状態です。

ついさっきまで、『悪霊』全編を見ながら、ある事をやっていました。
キル・カウント(kill count)ってご存じですかね。動画サイトでよくあがっていますが、アクション映画なんかの主人公が、一本の作品で何人殺したかを数える遊びです。例えば以下のようなものです。

↓まずは有名どころでアーノルド・シュワルツェネッガー(『コマンドー』)



↓シュワちゃんのライバルにして今や盟友シルベスター・スタローン(『ランボー3』)




女性だって負けていません。

↓ミラ・ジョボビッチ様他(『ウルトラ・ヴァイオレット』)

 

↓ユマ・サーマン様(『キル・ビル』)

 


んで思いついたのが、『悪霊』のなかで登場人物たちが、何人去勢しているか、数えてみることです。
実際に文章で描いたなかでの去勢した数をランキングにしてみたら、こんな結果が出ました。

1位/伊集院満枝=24
2位/李麗姫=15
3位/飯島喜代美=12
4位/猪俣佐和子=7
5位/韓愛子=4
6位/篠原ヨシ=2
6位/素利=2
6位/是英=2
9位/愛敬=1
9位/朴美峰=1
9位/外山澄江=1

合計すると81人。いやま、とんでもない数字です。
しかもこれは、小説で直接言及した数でして、伊集院満枝とか李麗姫とか飯島喜代美なんかは、この何倍も去勢しているはずだと思われます。

ただ、潰さなくても蹴った数で言いますと、たとえば金沢文子は15人以上、蹴って相手を悶絶させています。彼女は、金玉を潰す趣味はないという設定にしましたが、潰れなくても蹴られただけで、精神的ショックで不能になる人もいるそうなので、結構大勢不能に追い込んでいるものと思われます。猪俣佐和子も、妹弟子の海老沼千恵子とともに、戦闘的技術団で大勢の男を睾丸責めで悶絶させています。

ほんと、とんでもない小説ですw

ちなみに、主役級でありながら一度も蹴った事がないキャラクターが安西小百合と佳代。この2人には何とかして、最後まで金蹴りさせまいと決めていました。安西小百合は、伊集院満枝の股間を蹴り上げたりしました。満枝は喜代美にも蹴られてます。そりゃま数十人(ひょっとしたら百人越え?)の男たちの股間に想像を絶する苦しみを与えた女ですから、二度くらい蹴られたくらいじゃ、因果応報とは言えませんね。

ちなみに、私が書いた小説のなかで、いちばん去勢したのは『スーパービクセン・トラブルツアー』のヒロイン優美で、26人潰しています。

 






 

ついに、『悪霊』連載完結です! 

http://kekeo1964.web.fc2.com/akuryo12-1.pdf
http://kekeo1964.web.fc2.com/akuryo12-2.pdf
http://kekeo1964.web.fc2.com/akuryo12-3.pdf
http://kekeo1964.web.fc2.com/akuryo12-4.pdf 

いやー長かったなー。ここで掲載を始めたのは2013年の年末でしたけど、実際に書き始めたのは2008年頃ですからね。途中、長い中断は挟みましたが、およそ7年にわたって、伊集院満枝をはじめ愛すべきヒロインたちと付き合ってきたわけで、本当に名残おしゅうございます。

途中途切れそうになりながらも、なんとか書き続けてこれたのは、最近の日本政府への怒りでしょうか。

でも触れましたけれど、現政権の歴史修正や対アジア外交に見られるトンチンカンなマチズモへの言うに言われぬ不快感が、原動力になったように思います。つい最近もユネスコで日本が馬鹿やらかしたらしいですが、今回のエピローグにも一部、そういう日本政府への批判が入っています。

ところで、このお話のクライマックスである昭和10年2月26日(アンダーラインの意味に気づいた方、偉いぞw)の青年将校蹶起にまつわる「宮様」の動きですが、これは決して私の頭のなかで作り上げた妄想ではなく、当時囁かれていた噂を取り入れたものです。詳しくは『仁義なきたたかい』等で知られる脚本家笠原和夫の著書『昭和の劇』を読んでいただきたい。実際、実在の「宮様」がこの物語に近い動きをするプランがあったらしいという話が出てきます。




 
そんなふうに、この物語には、私の仕事と関わりのある近代史についての小ネタが結構使われています。というか、話が行き詰まるたびに、仕事のために読まなければならなかった近代史の文献によって、ストーリー展開を思いついたり、新しいキャラを出したり、という事がよくありました。
第十一部でいえば、仕事上、読まなければならなかった磯部浅一の手記や、岡田啓介の回顧録などにずいぶんヒントをもらいました。というか、このお話では無惨に去勢されて死ぬ羽目になった岡田啓介、本当はとても偉い人ですからね。『日本でいちばん長い日』が(よせばいいのに)リメイクされたりしましたが、実際はこの人がいなければ日本の終戦はなかったのではないかと言われているほど、腹の据わった策謀家(いい意味での)だった偉物です。


岡田啓介回顧録 (中公文庫)
岡田 啓介
中央公論新社
2015-02-21



まあ、何はともあれ、わがいとしのヒロインたちを、それなりの地点に着地させられた事は、結構満足しています。特に、最初はずっとこのまま紅軍兵士として活動するのだろうなと思っていた喜代美や佐和子が、思わぬ展開で「足抜け」できたことは本当に嬉しいですね。私は、「だいにっぽんていこく」的マチズモは大嫌いですが、共産党的ファロクラシーも大嫌いですから。実は昨日まで、どうやったら喜代美と佐和子を「足抜け」させられるか結構悩んでいたのですが、彼女らを、安西小百合、そして悦子と会わせる段取りを考えているうちに、「これだ!」という手が浮かんだわけです。
特に、猪俣佐和子という、誰よりも思い入れの強いヒロインが、それなりにハッピーエンドを迎えられたのが何より嬉しいですね。ああいう、どこか心がねじけてしまった女の子が、さまざまな経験を経て強くなり、自信を得るというのは、最高の物語ですから。

ちなみに、金沢文子が身を寄せる奈良県の神社も、モデルがあります。ご興味があったらググってみてください。とても素敵な宮司さんがいらっしゃいます。この作品でどうやって登場させるか、当初は、この神社を舞台に、安藤澄が大暴れする展開も考えたのですが、前にも書いたとおり
つまんねー奴を中心に話を転がすことくらい苦痛な事はないので、最後の最後に、ああいう形で出すことができて、よかったと思います。あの場所ならば、文子や佳代も、根をおろして幸せになれそうな気がします(小沼健吾は、やっぱりこれからもふらふらと落ち着かない人生を送りそうな気がしていますが)。

で、わが最大のヒロイン伊集院満枝ですが、いやー、絶世の美女が打ちのめされ、惨めに這いつくばる場面を描くのは、興奮するもんですね! 唇から血を流しながら仰向けに倒され猪俣佐和子にのしかかられる場面は、本当に書きながらぞくぞくしました。
で、このひとは、もう一生暴れるしかないです。居場所なんかありません。李麗姫や韓愛子と仲良し三人組で、ずっと暴れ続けてくださいな。なんかねえ、やっぱりこの三人は、著者の手に負えません。最後まで、彼女らは着地させられませんでした。着地させられなかったからこそ、今後も颯爽と暴れるんだろうなと微笑ましく見守っていきたいと思います。

この三人を主人公にして、『グッド、バッド、ウィアード』みたいなスピンオフ作れるかな、と書きながら思いつきました。




ただ、ここでひとこと付け加えておきます。


この物語では、李麗姫や、韓愛子など、マイノリティへの差別に対して人並み外れた技で対抗する女性を登場させましたが、実際、今の日本においても、同様の差別に対してたたかっている女性たちは数多くいます。大勢の男たちを瞬殺できるような女性は、ファンタジーにしか存在しません。

本当にマイノリティへの差別とたたかっている女性たちは、物理的な暴力に対する無力さをかみしめながら、それでも、使いうる武器(言葉)で、必死にたたかっています。

かつて、韓国社会に於ける女性への暴力をテーマに映画『息もできない』を監督・主演したヤン・イクチュンは、「女性にも、男性と対等に戦える力があればいいのに」とインタビューで答えていました。この物語は、このヤン・イクチュン監督への限りない共感の上に生み出されたファンタジーです。


まー、何はともあれ、完成することができました!












 

 

「悪霊」第十二部(エピローグ)、現在、440字詰め原稿用紙約130枚まで書き終わりました。だいたい150~160枚だから、もう少しで完成する予定です。

しかしまあ、ホームページのアクセスログを見ると、いつの間にか激減しているのは更新頻度があまりにも少ないからでしょうね。放置している期間が長すぎるんだもの。そりゃ誰も見ないよw この「悪霊通信」だって、二年近く連載していて、今回で四度目だもんね。せめて途中経過だけでもこまめに報告していかないと、読者は当然離れますよ。ただでさえ偉く長くて、複雑なお話なんだからw

とにかく、登場させた女たちには、それぞれの「物語」をきちんと終わらせてあげなければならないわけで(男の登場人物の「物語」を終わらせるのは、睾丸潰して殺しちゃえばいいから楽なんだけどね)、今回の小説は特に、一人ひとりのキャラへの思い入れが半端ないので、現段階でまだ終わっていないから、あと2~30枚余り、大事な勝負所です。

つっか、本当にここまで話がふくらむとは思わなかったです。 毛沢東だの鄧小平だのま出てきちゃうしさ。伊集院満枝なんか何人殺しちゃったか、誰か数えてくださいw  書き終わった後、けっこう満枝ロス、佐和子ロス、小百合ロス、喜代美ロス、彼女たちが恋しくて寂しくなるだろうなあ。スピンオフなんて書いてみようかと思う一方で、今のご時世、たとえばエイミー・キムなんて続きを書くべきじゃないかと思うんですね。
ちなみに、エイミー・キムは在日コリアンとアメリカ人のハーフって設定ですけど、その設定にぴったりのビジュアルのモデルさんが最近人気ですね。ちょいそのへんも取り入れたお話ができるかも、とか捕らぬタヌキの皮算用です。

つっか、皮算用なんて考えてもしょうがないw
このサイトに掲載している作品はみな、「個人的欲望の文字による具現化」です。突っ走るしかないよね♪




 

「悪霊」第十一部を掲載しました。

http://kekeo1964.web.fc2.com/akuryo11-1.pdf
http://kekeo1964.web.fc2.com/akuryo11-2.pdf
http://kekeo1964.web.fc2.com/akuryo11-3.pdf
http://kekeo1964.web.fc2.com/akuryo11-4.pdf


前の記事で、「悪霊」は第十一部をもって完結しますと書きましたが、結局完結しませんでしたw
もうちょっと続きます。

それにしても、今回は結構大変でした。2・26事件をクライマックスにしようというアイデアは、割と早い段階からありましたし、実際の2・26事件ととんなふうに違った形にするかという案も固まっていたんですが、それをどのように持って行くかは、結構迷いましたね。
前の記事で触れたように、2・26事件に参加した実在の人物について深く知るきっかけがあったことで、一気に筆が進み、とにもかくにも、表題どおり「大日本帝国を去勢」することができたわけです。
ここで一応言っておきますが、作者である私自身は、日本には天皇という存在が必要だと思っていますし、特に今上陛下を深く敬愛しています。私が嫌いなのは、この物語が舞台となった時代に表面化して日本を滅亡に導き、そして現在、日本社会を牛耳りつつある「日本独特のマチズモ」であり、それを叩き潰してやりたいという欲求が、「大日本帝国のきんたまを潰す」という欲望に取り憑かれた女たちの物語を書かせた原動力なんですね。
戦前の日本は、政府、議会、司法、軍部がそれぞれ独自の権力を持ち、それらをかろうじてつなぎとめていたのが「国家元首」であり「統治権の総覧者」であり「大元帥」であった天皇でした。すなわち、天皇という存在を滅ぼしてしまえば、大日本帝国のシステムは毛糸がほどけてしまったセーターのようにバラバラになってしまう。となると、「大日本帝国」を滅ぼすにはああするしかなかった、というわけなんです。
今の日本について言えば、天皇という偉大な存在が、かろうじて日本国家の「品格」を保っているのであり、今の陛下には一日も長く生きていただき、次の陛下となる方への模範となっていただきたいと、心から願っています。

それにしても、自分でも意外だったのは、外山澄江という第一部を限りに退場させるはずだったキャラクターが突然よみがえってしまったことですね。そもそもは、2・26事件をモデルにしたクーデター場面を書いている最中に、ふと、第四部に登場させた石原大佐という、これまた実在の人物をモデルにしたキャラクターを登場させようかと思いついたのがきっかけです。事件が終わった後、この石原大佐を安西小百合と関係させることで話を展開させようとして、その動機として「今回の事態は、伊集院満枝に唆された私が、満州事変を起こしてしまったからだ」という台詞を思いついた時、そもそもこの物語で一番最初に起こった事件は、外山澄江という生意気キャラが、伊集院満枝によって運命を狂わされた一件だったと思い出したんですね。
こうして、外山澄江は不死鳥のように蘇り、しかも最初に出てきた時の、単なる傲慢なお嬢さんキャラではなく、それなりに成長して、強さや思慮深さも身につけたキャラとして復活してくれたのは、とても嬉しい限りです。

さて、なんとか年内には、この物語を締めくくるつもりです。ご期待ください。









 

超久しぶりにブログを書きます。

現在、「悪霊」第十一部執筆中。第十一部で一応完結する予定です。長かったな~。

第十部をアップしたのが今年3月。1ヶ月くらい好調に書き進めて途中でパタリと書けなくなりました。
仕事が忙しくなったのもありますが、話の展開に行き詰まったんです。こういう時って、新しいキャラを出すと再び話が転がりはじめたりするのですが、正直、これ以上登場人物を増やすと収拾つかなくなる恐れもあり、しばらく呻吟していたのですが、数日前から再び筆が進みはじめたんですね。

一つには、第十一部のクライマックスである日本史上のある事件について、原資料(事件の当事者たちの手記や記録)を読んでいるうちに、実に魅力的な人物に出会ったんですよ。実は、第八部ですでに登場させた、実在の人物をモデルにしたキャラクターなんですが、「すみません、あなたがこんなに凄い人だったなんて知りませんでした。ごめんなさい」という気分です。実を言いますと先月、その人物ゆかりの地を訪れ、本人が書いた手紙の現物を見たり、いろいろお話を聞いて、はたと思い当たったんですね。
よし、こいつに重要な役目を与えようと決めた時から、話が転がりだしたというわけです。

ということで第十一部、掲載はもう少しかかりそうですが、なんとか完結の目処がつきました。ご期待ください!


【追記】
結局終わらせませんでした。『悪霊』もう少しかかります。 

悪霊」第十部を掲載しました。

http://kekeo1964.web.fc2.com/akuryo10-1.pdf
http://kekeo1964.web.fc2.com/akuryo10-2.pdf
http://kekeo1964.web.fc2.com/akuryo10-3.pdf
http://kekeo1964.web.fc2.com/akuryo10-4.pdf



およそ一年ぶりの更新になってしまいました(こんな調子で書いてて、誰か読んでるんですかね?w)。

去年の晩春くらいに、金沢文子が奈良に去るまでは、わりとスムーズに進んでいたんですよ。で、その後、1年近くぜんぜん進まなくなっちゃったんですね。

最初の構想では、奈良で宝探しする安藤助教授を中心に、いろいろ奇っ怪な連中が入り交じってのどたばた劇を構想していたんですが、なんだか書いては消し、書いては消しの連続で、ひどい時には10頁近く書き進んだのに、気にくわなくて全部消しちゃったりと、そんな感じだったんですよ。そうこうしているうちに、仕事で新しいプロジェクトが始まって忙しくなったりしたこともあり、1年近く休んじゃうことになっちゃったんですね。

で、そのプロジェクトが一段落ついて、あらためてこれまで書いた部分を読み直してみて気づいたのは、要するに、自分が構想していた展開の中心人物たる帝大助教授・安藤澄が、ちっとも魅力的なキャラじゃないって事です。

安藤澄というキャラは、戦前に日本万歳的な右翼的な書物を書き散らし、軍部にも信奉者が多かった平泉澄という人物で、この人についても資料を調べたりしましたが、調べれば調べるほど、つまんねー奴なんですよね。なぜこの人物を出したかというと、いまほら、いるじゃないですか。日本をひたすら持ち上げて、隣国をひたすらけなして、金稼いでる奴。こういう奴とかこういう奴とかこういう奴とかこういう奴とかさ。僕も一応、出版社勤務でマスコミの末端の末端あたりにいる人なんで、こういう人たちの素のキャラを知らなくもないんだけど、ほんとに
つまんねー連中ですよ。で、はたと気づいて、つまんねー奴を中心にお話を作ったって、そりゃつまんねーに決まってる。そう気づいた僕は、さっさとつまんねー奴はご退場願いましょ、とああいう展開にしたら、とたんにスムーズにお話が進み始めたんですよね。

おかげさまで、当分出てこれないかなあと考えていた、猪俣佐和子と飯島喜代美という、自分的にはお気に入りのコンビが構想していなかった大活躍をしてくれたりしました。要するに物語を動かそうと思ったら、魅力的なキャラを中心にするしかないって事なんですよね。

ちなみに、冒頭部分で登場する津島修治(太宰治)、菊池寛、馬海松、佐藤碧子といったキャラは、実在の人物です。このあたりについては、在任最短記録をつくった前東京都知事の著作を参考にさせていただきました(毀誉褒貶ある方々ですが、この方の文学史をテーマにした著作には教わるところが本当に大きいです)。





あと、やんごとなき某女性が怪しげなカルトにはまっていたという設定も、一応、モデルとなる史実があります。

神々の乱心〈上〉 (文春文庫)
松本 清張
文藝春秋
2000-01-10

神々の乱心〈下〉 (文春文庫)
松本 清張
文藝春秋
2000-01-10




さて、続く第十部はすでに書き始めています。近代アジア史上の巨人が登場する予定です。




 

「悪霊」第九部を掲載しました。

http://kekeo1964.web.fc2.com/akuryo9-1.pdf
http://kekeo1964.web.fc2.com/akuryo9-2.pdf
http://kekeo1964.web.fc2.com/akuryo9-3.pdf 


実を言いますと、最初の構想では、今回のクライマックスである「党」内部のリンチ殺人事件で話が終わる予定だったんですよね。猪俣佐和子も喜代美も、もちろんリンチに立ち会って、というか彼女らが同志を去勢して殺害し、それによって「党」は壊滅する。。。で終わりになるはずでした。私がこの作品を書く上でモチーフにしたドストエフスキーの「悪霊」がまさにそういう終わり方をしていますから。

そういう当初の設定が変わってしまったのは、理由がありましてね。というのは、この事件のモデルである戦前日本共産党のスパイ査問事件について調べれば調べるほど、 実にくだらない事件であって、そんなくだらない事件にわが愛するヒロインたちを関わらせたくないと思うようになったんですね。
どうしようかと思いあぐねて何気なく年表をめくったら、実はこの事件があった昭和八年に、有名なスパイであるリヒャルト・ゾルゲが来日していることがわかった。日本と中国に一大諜報網をつくった大物スパイを絡ませることで、わがヒロインたちにリンチ事件なんぞよりダイナミックな活躍の場を与えられるんじゃないか。そっちのほうがずっと面白そうだと思ったわけです。

今のところ、大陸に渡った佐和子や喜代美がどんな活躍をするかは作者である私にもわかりませんが、おそらく、意外な形で日本に凱旋してくることになると思います。

一方の、朝鮮部落での「人民裁判」ですが、これは無論、モデルとなる事件はなく、完全なフィクションです。と言いますか、これまで私は、実際の歴史年表にそってお話を展開してきましたけれど、この第九部以降は、かなり実際の歴史とは違った展開になる予定でいます。架空の登場人物たちだけでなく、日本国家そのものの歴史の歩みが、実際とは違ったものになっていくはずです。



ゾルゲ事件とは何か (岩波現代文庫)
チャルマーズ・ジョンソン
岩波書店
2013-09-19















 

「悪霊」第八部を掲載しました。


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プロの小説家は知りませんが、ぼくなんかはアマチュアですから、小説をどう展開させ、どんなふうに終わらせるかなんてことを、あらかじめ決めて書き始めるわけではありません。

それにしても、今回の『悪霊』の行き当たりばったり感はなんでしょうか? 当初の目論見では、第七部で描いた銀行襲撃事件が山場で、その後に訪れる、戦前の日本共産党の息の根を完全に止めたある事件で終わるはずだったんですが、多分、そうはなりません。今回、さるやんごとなきお方や、皇道派青年将校たちが登場したことで察しがついた方もいらっしゃるでしょうけれど、おそらく、昭和日本史を揺るがした、あの大事件までを描くことは、ほぼ確実です(くり返し申し上げますが、この小説はフィクションであり、いかなる実在の人物や団体とも関係ありません!)。

いや、それで終わるのかなという危惧も、実はあります。というのは、現在、第九部を執筆中ですが、昨年大ヒットした宮崎駿監督の『風立ちぬ』にも出てきたとあるドイツ人(軽井沢の別荘地に出てきて、警察を恐れて逃げ出したあいつです)が登場しちゃいました。あいつが出てきたからには、多分も出てくるし、この方も出てくるかもしれません。

いったい、どこまでいくんだ、この小説????

とりあえず、いま、ぼくの頭の中にあるのは、荒涼たる焼け跡に対峙する彼女と彼女、という風景で終わるだろう、ということです。そうなるかもしれないし、ならないかもしれません。









 

いや~今回のソチ五輪の女子フィギュアスケート、最終グループのレベルの高さに感動させられました。
常に優雅で音楽性溢れるキム・ヨナ。美しすぎるカロリーナ・コストナー、力強くマッチョなアシュレー・ワグナー、キュートなグレイシー・ゴールド、元気いっぱいのソトニコワ。スケートだけでなく、ビジュアル的にも魅力的な選手が粒ぞろいでした。

なかでも一番のお気に入りは、ユリア・リプニツカヤ。チェ・ゲバラを愛読する16歳。団体戦をきっかけにマスコミに追いかけられ、練習のあとのインタビューで「マスコミが邪魔だった」と言い放ち、キム・ヨナについて聞かれると「見たことないんで」「ま、よろしく伝えといて」。毒舌家だけれど、じつは超内気で自宅で愛犬と遊ぶのとチョコレートを食べるのが唯一の趣味。

いや~、こういうのギャップ萌えってんでしょうか!

いずれ、小説に登場させたいキャラクターです。あのスケート靴のエッジで蹴り上げられたら・・・・・ぞくぞくしますw

 

「悪霊」第七部を掲載しました。

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第六部を掲載してから一ヶ月以上がたってしまいました。お待たせしました。

今回は、戦前、日本共産党がやらかした「銀行ギャング事件」を元ネタにしています。

事件の詳細については、立花隆さんの「日本共産党の研究」および松本清張「昭和史発掘(5)」所収の「スパイMの謀略」に詳しいので、興味のある方はぜひ、お読みください。




 

もちろん、実際の事件とはかなり変えていますが、特高警察が送り込んだスパイに踊らされ、日本共産党が美人局やらギャング事件やらを引き起こして世間の顰蹙をかった挙句、壊滅していく課程は、結構史実に沿っています。

もちろん、猪俣佐和子や、海老沼千恵子が絡むあたりはフィクションですが、それにしても、「真面目にがんばるのだけど、何をやってもうまくいかない」猪俣佐和子は、書きながらすごく切なくなりました。「何をやってもうまくいく」伊集院満枝とは対照的だなあ、と作者のくせに他人事みたいに思ってしまう今日このごろです。

ともあれ、第七部は愛すべき不器用ヒロイン・猪俣佐和子がメインの回でした。かわいそうなくらい彼女を落ち込ませてしまった以上、第八部(実はさっき書き終えました)は、伊集院満枝メインとなり、しばらく鳴りを潜めていた女たちが続々復帰し、
魑魅魍魎たちの一大乱痴気騒ぎが展開され、去勢される男の数は、「悪霊」史上最多となってしまいました。

お楽しみに!











 

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むかし、「家畜人ヤプー」という小説がありました。金髪白人美女が絶対権力を握る未来世界で、日本人主人公が奴隷として虐待されるマゾヒスティックな作品で、三島由紀夫が興味を示したことで幅広く知られるようになった作品です。石ノ森章太郎さんや江川達也さんも漫画化している、マゾ小説の古典というか金字塔ですな。



劇画家畜人ヤプー【復刻版】
石ノ森 章太郎
ポット出版
2010-03-17





 

実を言いますと、あまりぼくが好きな世界観ではないのですが(いわゆるSMは苦手です)、ただ、小さい頃は、白人のほうが有色人種より優れていたという偏見が根強かった世代ですので、白人美女が有色人種を虐待するという設定にはグッとくるものがあるのも事実です。

一方、近年欧米でつくられるBB動画を見ていると、有色人種の女性にタマを責められる白人男性が出てくる動画が結構ありますので、要するに「異人種の女性に虐められる」願望は、世界共通に存在するのかもしれません。

というわけで、日本人男性が白人美女に去勢されるという妄想を作品化したのが、これです。











 

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この小説は、確か英語のBB小説サイトに載っていた作品を参考にして書いた記憶があります。

ヒロインを家庭教師とその教え子にした設定は、自分が大学生の頃、家庭教師のアルバイトをやっていて、勉強するふりして教え子(男子)とビールを飲んだりバカ話をしたりしていたエピソードをアレンジしました。

お話そのものは、女性ふたりが男性を誘拐して監禁し、じわじわ去勢して楽しむという単純なお話ですが、二人をレズにしたのははじめてでした。
いま執筆中の『悪霊』のヒロインも去勢好きのレズビアンですが、その原点はこの作品なんだと今頃気づいた次第です。





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さわやかな青春小説としてBBを書けないかと考えて作った作品です。
 

1998年のサッカー・ワールドカップ(フランス大会)に、日本代表が初出場した頃に書いた記憶があります。当時、ぼくは男女混合のサッカーチームに入って月に二回くらいの割合で活動していたのですが、当時、仲間内ではサッカーのことを「玉蹴り」と言っていました。もちろんサッカー仲間にはBB趣味のことは内緒でしたけど、「玉蹴りやりますか」なんて女性のチームメイトが喋ってるのを聞くたびに妙な気分になったものです。

んで、サッカーは結構、股間にボールがあたる事故が起きるんですね。ぼくはゴールキーパーだったんですが、一度、紅白戦で女子選手のシュートを股間で受けて、幸い当たったのは玉ではなく棒だったんですが、それでもかなりの衝撃で、一瞬顔が真っ青になったらしく、その女子選手から「大丈夫ですか?」と気遣われ、笑顔をつくって大丈夫大丈夫と言いつつ、痛いやら、何やら変に興奮するやらでした。

実際、別の奴がキーパーやってた時、そいつの股間にボールがまともに直撃して、悶絶して結局その日は試合に出られなかったこともありました。

そういえば、2011年になでしこジャパンがワールドカップで優勝し、日本中を感動させた時、エースの澤選手が相手選手の膝が股間に入って悶絶する場面がありましたね。ネットでは『澤アニキ、やっぱりついてたんですね』と言う奴がいたりしました。

そういえばむかし、『ヴァニーナイツ』という深夜ドラマで、おかまの集団に襲われたヒロインたちが、股間蹴りで逆襲して相手を悶絶させ、「ついてましたね」「ついてました」と安堵するシーンがありました(その前に、おかまの股間を蹴ったら、ついてなかったので効果がなかったという前振りがあったわけです)。




最後に悶絶する相手にとどめの金蹴りをくらわす女子高生は永井流奈さん。結構好きなアイドルでした。






 

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これ書いたころは、まさに藤原さんの全盛期でした。

背が高く、脚が長く、胸が大きくと、金蹴りするには理想的な 女性だったんですが、実際その後、ドラマで二度ばかり金蹴りしてくれて、狂喜乱舞でした(今見ると、結構しょぼい蹴りなんですがw、誰が蹴るかが問題なわけで・・・・)

もっとも、この小説を書いた後、ドラマで動いて喋ってる藤原さんを見て、ちょっとがっかりした事を覚えています。

それは「声」です。なんていうか、子供っぽいというか、見た目とちがってセクシーな声ではないんですね。女優さんにとって、声質は結構大事で、ビジュアルは「?」なのに、声質でセクシーさを補ってあまりある女優さんは結構多いです。

まあ、藤原さんに限らず、グラビアで拝見するぶんには「nukeru」んだけど、実物を見ると「nukenaku」なる人は少なくありません。もちろん彼女たちには何も問題はなく、こちらの勝手な妄想ですけどね。

その後、藤原さんは結婚を経て、最近は文化人っぽい活動もされているようで、先日久しぶりにテレビで拝見したら、結構お顔に小じわがめだち・・・・・・・・ま、よしましょうw 

いろいろと自作小説について、構想だけは浮かぶんですが、なかなか書けません。

理由は、「悪霊」です。

新しく、戦前の昭和十年代、排外主義的・愛国的な本を書きまくって一世風靡した東大助教授が登場してしまいました。小説のクライマックスになるであろう、2・26事件の青年将校に大きな影響を与える重要人物になるはずです。

んで、こんな人物を出してしまってから、大急ぎで、当時の排外主義的・愛国的論壇について、調べ始めました。だいたいとんな議論が起こっていたか知っていたつもりだったんですが、いざ具体的に書くとなると、細かな論点まで調べた上で、そのなかから小説の展開上必要な要素を抽出していかないと、お話が前に進まなくなるんです。

というわけでお勉強しているんですが、その結果得られた知識で書けることって、たぶん三行くらいだろうことはわかっています。

でもその、三行が大事だったりするわけです。



 

現在、新作小説として、明治維新期を舞台とした復讐もの、「美人三姉妹の人間狩り」を現在のネット状況にあわせてリメイクするものと、二つの作品の構想が出来上がっているんですが。。。。。。


書く時間がねえ~!!!(泣)


でも、いずれ書きます!
 

いま執筆中の「悪霊」について途中経過のご報告や雑談など、このタイトルで書いていきたいと思います。



現在、第六部まで掲載済み、第七部まで書き上げた「悪霊」 ですが、結構大変なことになってきました。
第六部までは、BB小説ということもありまして、女性と女性の濡れ場は結構あったのですが、女性と男性のそれは避けてきました。プロレタリア作家の大橋と、薄幸の少女・佳代がセックスしますが、佳代が不感症という設定にすることで、通常の濡れ場にはならないようになっています。

なっていますと他人事のように書くのは、意識してそう書いてきたわけじゃなくて、自然とそうなったからなんですよ。BB、あるいは「去勢」という行為は、男女の肉体関係の否定でもありますからね。

それがどういうわけか、第七部に至って、はじめて男女の濡れ場が登場しました。それも、お互いに感じながらのずっこんばっこんです。

BB小説である以上、金蹴りや去勢場面は詳しく描いても、濡れ場は控えめに描写するようにしておりまして、第七部の男女の濡れ場も、描写そのものは控えめなんですが、シチュエーションそのものは結構やばいな、と書き上げてから気づきました。

もちろんこれも、意図してそうなったわけではなく、自然とそういうことになってしまったんですが、さて、濡れ場を描いたことで、物語がどう転がっていくのか、ますます作者自身にもわからなくなっております。


そして、現在半ばまで書いた第八部では、男女の濡れ場以上にやばいことになってきました。あらかじめ、こう断り書きをいれておきます。


この「悪霊」という小説は、あくまでもフィクションであり、人物や団体は架空のものです。






 

↓アドレスはこちらです。

http://kekeo1964.web.fc2.com/koganwo1.pdf
http://kekeo1964.web.fc2.com/koganwo2.pdf


これは太宰治の「男女同権」という短編小説が元ネタです。終戦直後、「これからは男女同権の世の中だ」という風潮の中で、ひとりのじいさんが「何をいうか、俺は女性にいじめられてきたんだ」と延々と愚痴をこぼすけったいな小説です。
ぼくは思春期の頃、太宰治を読みまくった時期があり、あの一気呵成に喋り倒すようなスタイルに憧れ、それを模倣してみたのが、この作品です。

後で知ったのですが、太宰治の小説の多くは、太宰が喋った言葉を奥さんが筆記したものなんだそうですね。太宰の奥さんの津島美知子さんは元学校教師で、そうとう頭のいい人だったらしく、太宰の死後にかいた回想録は、資料としての信頼性も高く、鋭い観察眼にあふれた名作です。太宰治が数々の名作を残すことができた最大の功労者でしょうね。






んで、最後のオチは、知る人ぞ知る、1920年代のドイツ表現主義映画「カリガリ博士」です。




とまあ、枠組みは、ぜんぶパクリじゃんと叱られてもおかしくない作品なんですがw、自分なりに日本の戦後史を盛り込んだつもりです。

 

現代物の新作を書く予定だったのですが、なぜだかどうしてこうなったのだか、明治維新頃が舞台の話になりそうです。

開化玉潰し秘聞」 みたいな感じになるんじゃないかなあ。復讐ものです。

「悪霊」第六部を掲載しました。

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まあ、とにかく大変です。あの純情だった小百合は未亡人になり、小沼健吾が右翼に転向、猪俣佐和子の怪物化はとどまるところを知らず、相変わらずなのは、伊集院満枝だけでしょうか。
ああ、そういえば、我らが佳代ちゃんも相変わらずで、ほんとうにこの娘は、どんな悲惨な目にあおうとも、どんなに状況が変わろうと、最初に登場した時と同様、自分らしさが揺らぐことがありません。

なんて、自分が書いた作品のキャラにもかかわらず、他人事みたいなことを言っておりますがw、実際問題、これが正直な感覚なんですね。

ぼくは、あくまでアマチュアですので、気分が乗らないと作品を書くことができません。その「気分が乗る」とはどういうことかというと、自分にとって実在感のあるキャラクターと、そのキャラが思う存分暴れられる設定を思いついた時です。

第一部の備忘録に書いたとおり、この小説は、『大菩薩峠』という小説の世界観のなかに、伊集院満枝というキャラを置き、彼女の周囲に、佳代や佐和子、小百合といった地味キャラを配した事で、物語が動き始めました。不思議なもので、作者である自分が彼女らや他の登場人物を思うまま動かしているというより、彼らが勝手に動いているのを必死に追いかけている感じなんですね。

そして、彼らだけでは世界が動かなくなったとき、執筆の手が止まります。数年前、この第六部の途中まで書き上げて、それから昨年末まで書けなくなったのは、第二部の備忘録に書きましたとおり、生活の変化が大きいのですが、ふくらみ始めた世界を動かすにはコマ不足に陥ったことも一因でした。

そこで登場したのが、第六部でお目見えする金沢文子です。

彼女にもモデルがあります。金子文子という大正時代に大逆罪で裁かれた反体制活動家です。彼女についてはすごく言いたいことが山のようにあるのですが、YouTubeに簡潔にその生涯をまとめた動画が掲載されていますので、そちらを参照してください。




ご興味があれば、彼女が獄中で書いた手記も刊行されていますので、お読みください。二十歳そこそこの女の子が書いたとは思えない名文です。





ぼくは、この金子文子の大ファンです。実在の彼女は、この『悪霊』が始まる数年前に亡くなっているのですが、なんとか自作のなかだけでも活躍させたいと、金沢文子と一部名前を変えて、登場させたわけですが、おかげさんで、物語が再び動き始め、こうやってサイトを復活させる原動力にもなってくれました。

ちなみに、これは最近気づいたのですが、金沢文子(かなざわ・ぶんこ)というAV女優さんもかつていらしたんですねw うちの金沢文子は「かなざわ・ふみこ」と読みます。





というわけで、「悪霊」まだまだ続きます!


 

「yuna K.を抹殺する会」の構想のため、ツイッターで彼女の名前を検索してみた。
げんなりした。創作意欲なくなった。

https://twitter.com/search?q=%E3%82%AD%E3%83%A0%E3%83%BB%E3%83%A8%E3%83%8A&src=typd&f=realtime 


↑いくらなんでも、こういうことを呟く連中を自作に出したくない。やめた、やめ!
 

『Yuna K.を犯す会』改め、『Yuna K.を抹殺する会』(どっちにしてもひどいタイトルw)、
ネトウヨやってるニート兄と、k-popファンのニート妹の、韓国珍道中になりそうな予感。

問題は自分に、
k-pop の知識がほとんどない事と、
なんか、今の構想のままだと、BBシーンが出てこない可能性があること。

一晩寝て練り直ししよ。


ちなみに 
k-pop で一番好きな歌手は↓
 

いま、『Yuna K.を犯す会』というタイトルだけ思いついた。



ちなみにぼくは大ファンです。 
五輪が始まる前に書いてしまいたい。 

↓アドレスはこちらです。
http://kekeo1964.web.fc2.com/tamatubusichusingura1.pdf 
http://kekeo1964.web.fc2.com/tamatubusichusingura2.pdf 
http://kekeo1964.web.fc2.com/tamatubusichusingura3.pdf
http://kekeo1964.web.fc2.com/tamatubusichusingura4.pdf


子どもの頃、OLが悪徳上司に復讐する「現代女性版・忠臣蔵」がテレビドラマだか映画だかになるという新聞記事を読み、なぜか興奮した思い出があります。ずいぶんおぼろげな記憶で、どんなタイトルだったか、どんな女優さんが出ていたのかまったく忘れてしまってるんですけど、三つ子の魂なんとやらで、数十年たってから自分で作品化してみました。

迷ったのは、編み物ばかりしているヒロインにBBをやらせるかどうか、でしたね。結局させないという手もあるかなと思ったり、いや、BB小説なんだから主要女性キャラがBBしないってのもどうよと思ったり、最後までなかなか決心がつかなかった記憶があります。



 

たとえば、特定の人物を執拗に攻撃するネット右翼が、攻撃対象から去勢されるような小説が書けないかと思案中。

たとえば、このひととか。

 

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http://kekeo1964.web.fc2.com/onnanoisshou.pdf 

今でも愛着のある作品です。

構想を思いついたのは、いわゆる格闘技SMのお店に通った経験です。
もともとぼくは、女性の金蹴りを第三者として見るのは好きですが、自分がやられたいと思ったことは一度もありません。ただ、蹴られる気分はどうなんだろうと、ある時期幾度かそういうお店に行きました。実演してもらったり、女王様がたのお話を伺ううちに、そういう職業を持つ女性の半生を、幼少期に遡って書いてみようと思い立ったのです。

ヒロイン視線ではなく、ヒロインに股間を蹴られる度に「運」を授かる漫画家視線で描いたのは、これまで、自分の人生に明るい光りをもたらしてくれた女性たちへの、感謝の気持ちをこめたつもりです。 

 

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これは、とにかく登場人物の内面だの、物語のテーマや世界観だの、そういう七面倒くさいことは抜きにして、何も考えず、セクシーな美女たちが悪い男たちを去勢しまくる作品を作ろうと思って書いたものです。

実は元ネタがありまして、豪華客船に乗り込んだ美脚モデルたちが、船をシージャックした海賊たちの金玉を潰しまくるという海外のBB小説を、予備校の夏季講習に置き換えたのです。

久しぶりに読み返してみると、ヒロインたちの去勢方法は結構えぐいですね(笑)。男だったら絶対にこんな目にあいたくないです。

とにかく残忍な場面が続くだけに、からっとしてスピーディーな雰囲気作りだけ心がけました。

 

↓アドレスはこちらです。
http://kekeo1964.web.fc2.com/brit.pdf


この作品については特に語ることもありませんが、アメリカ人ヒロインの名前だけは、ご存じブリトニー・スピアーズからいただきました。この作品を書いた頃のブリちゃんはまだ十代の人気絶頂期で、その後、あんな波乱の人生を送るとは夢にも思っていませんでした。


 


この頃、セクシーな巨乳ティーンとして大人気だったブリちゃんは、海外のBBマニアの間でも大人気で、彼女を主役としたBB小説が結構書かれていて、ぼくも二つばかり翻訳したことがあります。

http://kekeo1964.web.fc2.com/britney1.pdf

http://kekeo1964.web.fc2.com/bs1.pdf

つづいて、「美人三姉妹の人間狩り」について。
↓アドレスはこちらです。
http://kekeo1964.web.fc2.com/bijinsanshimai.pdf 

 
二作目のBB小説。これは、ご招待にあずかって人気のない別荘に招待されたらとんでもない目にあったという、アガサ・クリスティの「そして誰もいなくなった」型の小説です。

ところで小説を書く場合に大事なのは、「登場人物のうち誰の目線で書くか」です。もちろん、登場人物ではなく、いわば神様の目線で客観描写に徹する方法もありますが、たいていの場合、主人公(複数もあり)の目線が中心となります。

第1作の美少女の夏(http://kekeo1964.web.fc2.com/bishojononatsu.pdf)は、金玉を潰す立場のヒロインと、潰される側の男と、交互に目線が入れ替わるスタイルでした。その点、今回は徹底して潰される側の目線で描いたわけです。

すなわち、被害者の目線で加害者を描くと、相手は自分にとってひたすら恐ろしい存在であり、同情の余地のない加虐マシーンになりえるんですね。ここにヒロインの三姉妹目線を入れると、なぜ彼女たちは別荘に男を招待して去勢ゲームを楽しむようになったのかという動機を描かないわけにはいかなくなり、そうなると自然に、彼女たちに同情的な雰囲気が生まれてしまいます。

第2作は、そういう七面倒くさい要素は省いて、純粋に悪魔のような女たちの玉潰しゲームを描きたかったんですね。そうなると自然と、男目線だけの作品になったわけです。

ちなみに私は、牝→♂のBBを見るのは大好きですが、されるのは嫌ですW たとえ「プレイ」でもされたくないです。実際、されたことありません。されたことがないからこそ、そう「される」男がどんな気分を味わうのか、それを「創作」を通じて知りたくて書いたのが、本作です。





 

これから、自作の小説について、思い出話などを書いていきたいと思います。

まずは、初めて書いたBB小説「美少女の夏」
↓アドレスはこちら
http://kekeo1964.web.fc2.com/bishojononatsu.pdf 

この小説を書いたのは、もう十数年前です。発表月は1999年10月となっていますが、これは自前のホームページを作成し、それまで書いていた小説をアップした日付であり、実際に書いた年は、もうわかりません。

その当時、「玉姫殿」という、日本におけるBBサイトの鼻祖のようなホームページがありました(今でもあるかもしれませんが、有料会員制になって以来、ご無沙汰しています)。そちらの管理人さんに親しくしていただくうちに、海外の様々なBBサイトを教えていただきました。そして、この世にはBBをテーマとした小説があることを知り、個人的に翻訳を始めたのです(http://kekeo1964.web.fc2.com/page2.htm参照)。

そのうち、自分でも書いてみたくなり、玉姫殿に掲載してもらえないかと管理人さんにお願いしたところ、快く載せていただいたのが、この作品です。

今読み返してみると、本当に稚拙な出来で、宦官の、もとい汗顔の至りですが、ただ、ヒロインがBBの快楽を知ることによって、別の自分に目覚めて変身していくというプロセスが、自分にとってはもっとも書きたいことなんだなと思いました。

ともあれ、自分にとって最初のBB小説ということで、愛着ある作品です。




 

「悪霊」第五部を掲載しました。

ちょっと解説めいたことを書きますと、今回出てくる探偵作家はもちろん、江戸川乱歩がモデル。この人、「人間椅子」だの「芋虫」だのから想像されるように、ちょっとMっ気がある人なんですね。同時代には谷崎潤一郎という一大M男作家がいたりして、日本文学史はなかなか変態なんですが、一方でこの時代の日本文学でさかんに取り上げられたのが、カフェの女給さんです。

現在のアメリカなんかは未だにそうですが、戦前の日本でも、現在で言うウェイトレスさんの収入は、お客さんからのチップだけだったみたいなんですね。となると、たんに注文をとったり、食事を運んだりするだけではなく、お客さんと会話してもてなすこともお仕事のうちだったみたいです。とはいえ、ホステスさんとかキャバクラ嬢のようにべったりお客にくっつくわけでもなく、今の日本でいちばん近い職業は、おそらく秋葉原のメイドカフェのメイドさんじゃないかなと思います。

実際、当時の女給さんの標準的なスタイルは和服にひらひらのついたエプロンなんですが、これがまたどことなくメイドカフェのメイドさんにそっくり。 手首足首まで着物で隠す露出度の少ないコスチュームに、より「萌え」を感じるあたりも、今も昔も日本の男は「おたく」だったんですよね。

 p805


ちなみに、今回重要な役目を果たす女給の直美さんの名前の由来は、言うまでもなく大M文豪・谷崎潤一郎の「痴人の愛」のナオミさん。まあ、こういうネーミングのお遊びは、小説を書く上での醍醐味です。

というわけで、第五部までアップしてしまいました。第七部までは書き上げているのですが、その続きは現在ちょっと書きあぐねています。ひょっとしたら、箸休め的に、別の短い作品でも書いてみようかなとも考えています。

 

第四部をアップしました。

この物語に出てくる女性は、いずれも自分にとって思い入れのあるキャラクターですが、特に好きなキャラをあげろと言われれば、猪俣佐和子かもしれません。

主役の伊集院満枝と違い、深いコンプレックスを抱き、人から愛されたいと望みながら、自意識の強さゆえに失敗を重ねていく。失敗を重ねながら、這い上がろうとあがき、あがく過程のなかで芋虫がさなぎに、さなぎが蝶々に変貌(メタモルフォーゼ)していくように変わっていく。

もう一人の地味キャラ、安西小百合も、結婚、そして十二歳の不良少女・悦子との出会いによって、変化の兆しが見え始めます。伊集院満枝という強烈な存在になぜか好かれてしまったがために怯える一方だった彼女が、地味なりにアグレッシブなキャラへと変わっていきますので、ご期待ください。

さて、この小説を書き出した時から、実在の人物を物語に絡められないかと考えていました。やっとそれができるまで、お話が進展してきたのが、この第四部です。

たとえば、伊集院満枝が、女抗日パルチザンの李麗姫と出会う時に投宿したホテルのロビーで、商社員と雑談をかわすジャーナリストが出てきますが、あれは一応、大宅壮一氏の事です。

大宅壮一氏は、大宅壮一ノンフィクション賞にその名を残す大ジャーナリストであり、女性評論家の大宅映子さんの父親ですが、大宅さんは戦前、抗日ゲリラが出没する間島を取材し、立派なルポルタージュを残しています。その後、戦乱の大地の雰囲気に取り憑かれたのか、さかんに中国にわたってルポを残すのですが、そうしたなかに、気味の悪い文章があります。

日中戦争が始まり、大宅氏は日本軍に従軍して、南京攻撃を取材します。雑誌に連載されたルポルタージュは、いよいよ日本軍が南京に突入という寸前で、突然中断する。そして、次の回は、南京戦の後、自分は「蒼惶として(慌てふためいて)」帰国したが、やはり戦場を見たくなって再び中国に渡った、と。

大宅氏が従軍した南京戦は、言うまでもなく、いわゆる「南京事件」あるいは「南京大虐殺」 と呼ばれる歴史的事件が起こった時です。虐殺があったかなかったか、いろいろと議論はあります。「南京虐殺はなかった」派の論客は、大宅氏がこの時のルポで虐殺について一行も書いていないから、なかったんだと主張する人もいましたけれど、実のところ大宅氏は、日本軍が南京に突入してからのことは、何も書いていません。
そして、大宅壮一全集の月報に寄せられた文章によりますと、戦後、大宅氏が電車のなかで、南京で日本軍がどんなひどい事をしたかを語っていたそうです。

以上は、司馬遼太郎風に言えば「余談」でありますが、むかし、大宅壮一氏について調べる仕事を引き受けた事があり、その時の思い入れがあったものですから、大宅氏を小説の中に「特別出演」させたという次第です。

それから、伊集院満枝が満州で出会う関東軍参謀・石原中佐なる人物が出てきます。これは「世界最終戦論」を書いた石原莞爾の事であろうと、気づかれる方も多いと思います。実際の石原莞爾は、非社交的な人物で、ホテルでのパーティに顔を出すような人ではなかったらしいのですが。

ちなみに、猪俣佐和子が絡む村野栄太郎や、佳代が相手する大橋多喜蔵は、いずれも実在人物をモデルとしています。岩波文庫に、モデルとなった人物の著書がいまだに収録していますので、興味のある方は、いろいろググってお調べください。

というわけで、続きも乞うご期待!

ぼくが大好きな映画監督の一人に、韓国のパク・チャヌクという人がいます。とにかく、エネルギッシュで残酷でパワフルな映画を作り続けている人で、昨年、ミア・ワシコウスカとニコール・キッドマンという美人過ぎて怖すぎるオーストラリア出身女優を母娘役で共演させた『イノセント・ガーデン』 でついにハリウッドに進出し、記録的な大コケだったらしいのですが、すんごく面白い作品でした。


 


で、この映画『イノセント・ガーデン』 はどんな作品かと言いますと、「思春期で肉体的にも精神的にも揺れ動く美少女が、とある異性の出現で変貌(メタモルフォーゼ)を遂げ、恐るべき殺人鬼に成長していく」という、とんでもない映画です。

パク・チャヌク監督は、こういう「少女がメタモルフォーゼしてとんでもないモンスターになっていく」ドラマが大好きで、その代表作は『親切なクムジャさん』で、日本でも大ヒットしたドラマ『宮廷女官チャングムの誓い』の主演女優イ・ヨンエを主役に、「高校時代、好きだった先生とエッチするが、その先生は実は幼児を虐待して殺すのが趣味で、自分の罪を彼女になすりつけて刑務所に送り込み、刑務所送りにされた女子高生は十数年後絶世の美女となって、刑務所内で籠絡した女たちを味方に、幼児虐待殺害マニアの先生に復讐していく」と、粗筋を書いただけでくらくらすうるような傑作です。





まあ、男にとって女性は「永遠の謎」ですから、「純粋無垢そうな少女が、とあることをきっかけに暴走し始め、理解不可能なモンスターとなって男に襲いかかってくる」という物語は、割合に普遍性を持っているのですね。

その意味で今回、「悪霊」という小説を書き続けて、作者である私ですら制御不可能な暴走を始めたのが、猪俣佐和子というキャラでした。

最初は、伊集院満枝という、美貌にも資産にも恵まれすぎたモンスターが活躍する話になるはずだったのが、地味な容貌で、引っ込み思案な猪俣佐和子というださい名前の女の子が、たまたま、伊集院満枝という化け物に愛されてしまったがために、一大暴走をしはじめる物語に変わってしまったんです。

今回アップロードした第三部は、猪俣佐和子暴走の序章に過ぎません。これから彼女は、さらにさらに暴走を重ねていきます。そんなふうになってしまうきっかけを作った伊集院満枝はというと、なんの責任も感じたふうもなく、自分は自分で暴走し、ついに「満州」という、戦前の日本国家を破滅に導く要因の一つとなった場に軽々と飛んでいきます。

というわけで、伊集院満枝というキャラは、「第一部についての備忘録」でも書いたように、明快なモデルとなる実在人物(原節子さま♪)がいるのですが、猪俣佐和子については、書いている本人にも、どんな顔をしているのかまったくイメージが浮かびません。
なぜなら彼女は、これかだどんどん変貌(メタモルフォーゼ)を遂げていくからです。

彼女を見守ってやってくださいまし。

 

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