さて、新連載小説「悪霊」ですが、ぼくが最後にBB小説をネットで発表したのは2005年の「私の名前はエイミー・キム」(自作小説集というところにあります)ですから、実に8年ぶりの発表なんですね。

といっても、実を言いますと「悪霊」を書き始めたのは、結構前なんです。おそらく 2008年頃じゃないかと思います。その頃ぼくは、急病にかかったのと、ある会議で会社の取締役の間違いを指摘して恥をかかせたのとダブルパンチで、窓もない狭い個室をオフィスとして与えられ、ろくに仕事もないという状態になったんですね。いわゆる「リストラ部屋」行きだったわけですがw、鈍感な私は「わーい、誰も見られない部屋で一日中遊んでられるなあ」と大喜びだったんですから、始末が悪い。

好きな本を読んだり、ネットで調べ物をしたりと、今から思うと贅沢な時間でした。そんななか、「青空文庫」という版権の切れた日本文学が読めるサイトで「大菩薩峠」という戦前の小説を読み始めたんですね。

「大菩薩峠」は、中里介山という作家が、1913(大正2)年から1941(昭和16)年の、太平洋戦争勃発直前まで書き続けた、全41巻の未完の大長編小説です。幕末の日本を舞台に、ニヒリスティックな剣豪・机龍之介を主人公とした一大群像劇。何度か映画にもなっていて、大河内伝次郎、片岡千恵蔵、市川雷蔵、仲代達矢といった名優が、主人公を演じております。

↓市川雷蔵主演、1960年の映画の予告編です。





なにせ、筆者が「世界一長い小説を書いてやる」という意気込みで、死の直前まで28年にわたって書き続けただけに、とにかく長い! リストラで閑職に島流しになったからこそ、最後まで読み通したわけです。

で、この小説、かなりヘンです。

主人公の机龍之介は、名門剣術道場の跡取りで、自身、剣の名人なんですが、この人、生まれついてのシリアル・キラーです。小説は最初、現在の青梅街道の東京と山梨県の境あたりにある大菩薩峠で、一人の老いた巡礼が、いきなり主人公に斬殺されるんです。理由なんかありません。この机龍之介、とにかく人を斬るのが好き。それも、強い相手と戦うのではなく、行きずりの老人や見知らぬ女を、なんの理由もなく斬る(斬られた老巡礼は、孫娘を連れて旅していて、祖父を殺され孤児となった彼女を、義侠心に富む泥棒が助けるのが冒頭のエピソードで、正直、この「悪霊」の出だしにも参考にさせていただきました)。

とにかく、机龍之介は、日本文学が初めて生み出したシリアル・キラーです。夜になると、「ああ、人を斬りたいなア」とほざいて外に出て、出会った奴を斬り殺す。こんな主人公の時代小説が大ヒットした戦前日本ってどんな世界だったのだろうとあきれるしかありません。
物語は、机龍之介に兄を殺された武士の仇討ちの旅や、龍之介に殺された老人の孫娘、龍之介を利用しようとする新選組や悪旗本、そういた面々と関わる夥しいキャラクターたちが織りなす群像劇で、小説の舞台となる幕末の江戸幕府が崩壊しゆく不安定な世情と、執筆時の昭和日本が軍部台頭、全体主義化、そして戦争へと突入していく「滅びの感覚」がマッチしていて、不思議な世界を作り出しているわけです。

んで、これを読んだ私は、「この主人公を女に置き換えて、男の金玉を潰すことに取り憑かれたヒロインをめぐる群像劇ができないかなあ」と思いつき、そこで生まれたのが、本作のヒロイン・伊集院満枝です。ぼくは小説の主人公(BB小説ですから、当然女性です)の造形する際、実在の人物・・・知人だったり、有名人だったり、映画のキャラだったり・・・を想像しつつ描くのですが、今回、ヒロインのモデルとなったのは、名女優・原節子さんです。

原節子さんは、戦前から戦後にかけて数多くの映画に出演し、エキゾチックな美貌と、独特の聖なる雰囲気で人気を博した大スターです。ぼくはたまたま、原さんが十代の頃に出演した映画(「河内山宗俊」「新しき土」)を見ていますが、とにかく、現在もてはやされてる女優さん(および女優もどきのタレント)が裸足で逃げ出すほど、「絶世の美少女」でした。

↓ドイツの映画監督が来日して撮影した「新しき土」。16歳の原節子さんの美を堪能せよ!



ともあれ、小説を読んでいただく際には、十代の頃の原節子さんを思い浮かべていただければ幸いです。

もう一つ、本作のモチーフとなった作品があるのですが、それについては、第二部を掲載した後に書くつもりです。