第四部をアップしました。

この物語に出てくる女性は、いずれも自分にとって思い入れのあるキャラクターですが、特に好きなキャラをあげろと言われれば、猪俣佐和子かもしれません。

主役の伊集院満枝と違い、深いコンプレックスを抱き、人から愛されたいと望みながら、自意識の強さゆえに失敗を重ねていく。失敗を重ねながら、這い上がろうとあがき、あがく過程のなかで芋虫がさなぎに、さなぎが蝶々に変貌(メタモルフォーゼ)していくように変わっていく。

もう一人の地味キャラ、安西小百合も、結婚、そして十二歳の不良少女・悦子との出会いによって、変化の兆しが見え始めます。伊集院満枝という強烈な存在になぜか好かれてしまったがために怯える一方だった彼女が、地味なりにアグレッシブなキャラへと変わっていきますので、ご期待ください。

さて、この小説を書き出した時から、実在の人物を物語に絡められないかと考えていました。やっとそれができるまで、お話が進展してきたのが、この第四部です。

たとえば、伊集院満枝が、女抗日パルチザンの李麗姫と出会う時に投宿したホテルのロビーで、商社員と雑談をかわすジャーナリストが出てきますが、あれは一応、大宅壮一氏の事です。

大宅壮一氏は、大宅壮一ノンフィクション賞にその名を残す大ジャーナリストであり、女性評論家の大宅映子さんの父親ですが、大宅さんは戦前、抗日ゲリラが出没する間島を取材し、立派なルポルタージュを残しています。その後、戦乱の大地の雰囲気に取り憑かれたのか、さかんに中国にわたってルポを残すのですが、そうしたなかに、気味の悪い文章があります。

日中戦争が始まり、大宅氏は日本軍に従軍して、南京攻撃を取材します。雑誌に連載されたルポルタージュは、いよいよ日本軍が南京に突入という寸前で、突然中断する。そして、次の回は、南京戦の後、自分は「蒼惶として(慌てふためいて)」帰国したが、やはり戦場を見たくなって再び中国に渡った、と。

大宅氏が従軍した南京戦は、言うまでもなく、いわゆる「南京事件」あるいは「南京大虐殺」 と呼ばれる歴史的事件が起こった時です。虐殺があったかなかったか、いろいろと議論はあります。「南京虐殺はなかった」派の論客は、大宅氏がこの時のルポで虐殺について一行も書いていないから、なかったんだと主張する人もいましたけれど、実のところ大宅氏は、日本軍が南京に突入してからのことは、何も書いていません。
そして、大宅壮一全集の月報に寄せられた文章によりますと、戦後、大宅氏が電車のなかで、南京で日本軍がどんなひどい事をしたかを語っていたそうです。

以上は、司馬遼太郎風に言えば「余談」でありますが、むかし、大宅壮一氏について調べる仕事を引き受けた事があり、その時の思い入れがあったものですから、大宅氏を小説の中に「特別出演」させたという次第です。

それから、伊集院満枝が満州で出会う関東軍参謀・石原中佐なる人物が出てきます。これは「世界最終戦論」を書いた石原莞爾の事であろうと、気づかれる方も多いと思います。実際の石原莞爾は、非社交的な人物で、ホテルでのパーティに顔を出すような人ではなかったらしいのですが。

ちなみに、猪俣佐和子が絡む村野栄太郎や、佳代が相手する大橋多喜蔵は、いずれも実在人物をモデルとしています。岩波文庫に、モデルとなった人物の著書がいまだに収録していますので、興味のある方は、いろいろググってお調べください。

というわけで、続きも乞うご期待!